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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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64.約束の日(2)

 綺麗で豪華な制服に身を包み、帯剣をした人たちがずらりと並んでいた。その先には、豪奢な装飾が施された馬車が静かに止まっている。


 これは一体……? 驚きに目を見張っていると、後ろからお嬢様が恐る恐る顔を覗かせてきた。


「……沢山いらっしゃいますね」


 戸惑いと同時に、どこか覚悟を固めたような声。じゃあ、この人たちはお嬢様を迎えに来た従者なのだろうか。けれど、それにしては規模も豪華さも尋常ではない。


 唖然としていると、馬車の方から誰かが歩いてきた。よく見ると、それはシリウスだった。彼は真っ直ぐにこちらへ進み、家の前で静かに膝を折る。


「お迎えに上がりました――リディア王女様」


 その言葉に心臓が跳ねた。今……王女様って言わなかった?


 思わずお嬢様を見ると、俯いたまま肩を震わせ、ぎゅっと体を縮こませている。そして、ゆっくりと後ずさりしながら玄関の外れへと逃げるように歩を進めた。


「……嫌」


 か細い声で呟いたきり、動かなくなってしまう。


 慌てて駆け寄ったものの、どんな言葉を掛けていいのか分からなかった。シリウスの言葉が真実なら、お嬢様は王女様。とても気安く声をかけられる存在じゃない。


 けれど、その時。


「……ルアには知られたくありませんでした。ルアの前では、ただのお嬢様でいたかった……」


 切実な声が届いた。どうして隠していたのか、理由を聞くことなんて出来ない。王女がこんな場所にいたのだから、そこには深い事情があるに決まっている。


「お嬢……いえ、王女様……」


 口にした途端、お嬢様――いやリディア王女は弾かれたように顔を上げた。前髪の隙間から覗く瞳は切なげに細められ、その姿を見ると、私の胸まで締めつけられるように苦しかった。


 ――駄目だ。このままじゃ。最後の最後まで悲しい顔をさせたまま別れるなんて、そんなのは嫌だ。


 自分の切ない気持ちをぐっと押し込めて、一歩、彼女に近づく。


「……お嬢様。お迎えが来ましたよ」

「……ルア」

「楽しい日々を、本当にありがとうございました。ここでの暮らしは……夢みたいに幸せでした」


 私は笑顔を作って、心からの想いを伝える。


 お嬢様と一緒に過ごした毎日は、かけがえのない宝物だった。並んで食事をし、ぬいぐるみを作って笑い合った。夜は一緒に布団に潜り込んで、眠りに落ちるまでお喋りをした。


 どれもが尊く、スラムで暮らしていた私には決して得られなかった時間だ。お嬢様がいてくれたから、私は温かさを知ることができた。だから、どうしても伝えたかった。


「お嬢様がいたから、私は幸せを知りました。私みたいな子に、優しくしてくれて……ありがとう。ずっと……ずっと、忘れません」


 震える声で感謝を紡ぐと、リディア王女の瞳に光が揺れた。リディア王女はそっと顔を伏せ、そして小さく微笑んだ。


「……実はね、私も同じ気持ちだったんです」


 彼女の声は柔らかく、溶けていくように優しい。


「一緒に食べるご飯が、こんなに美味しいなんて思わなかったです。今まで、食事はただ王女として整えられた義務でしかなかったんです。でもルアと一緒だと、不思議とどんな料理も心から美味しく感じられました」


 その言葉に、私は胸の奥がじんと温かくなる。リディアは続けた。


「それに、ぬいぐるみを作った時……あんなに夢中になったのは初めてでした。針に糸を通すだけで笑っちゃったり、形がいびつでも可愛いって褒めてくれたり……。あの時間は、本当に宝物みたいでした」


 王女の頬がわずかに赤く染まる。


「夜にお喋りしたのも……なんだか悪いことをしているみたいで、すごくドキドキしました。でも、すぐに気づいたんです。私、あんな風に心から笑ったこと、今まで一度もなかったんだって」


 その瞳は、私をまっすぐに見つめていた。


「でもね……なによりも――ルアに出会えたことが、一番の幸せだったの」


 胸に響くようなその言葉に、私は思わず息を呑んだ。リディアのまなざしは、どこまでも真剣で、まるで星のように輝いていた。


「私に幸せを教えてくれてありがとうございます」


 頭を傾けてそう言ったリディア。揺れ動いた前髪の隙間から目元が見えた。その目は嬉しそうに細められていて、そんなに嬉しそうな目は初めて見た。


 良かった。今まで私がしてきたことは、間違いじゃなかったんだ。少しでも良い環境で過ごしてもらうために頑張ってきたけれど、それがいつの間にかリディアの心を救っていた。


 これほど嬉しい事はない。自然と私も笑顔になった。すると、お嬢様がこちらに近づいて、ギュッと両手を掴んできた。


「今、はっきり分かりました。私はまだルアと一緒にいたいです」

「えっと、それは難しいんじゃ……」

「はい、難しいと思います。だけど、少しでも悪あがきをしてみようと思います。だから、ルアは待っていてください。」


 私が王女様のところへ? そんな事が可能なのだろうか?


 話の意味が良く分からず混乱していると、リディアの手が離れた。先ほどまで萎縮していた姿は消え、今は堂々と立っている。


「では、ルア。しばらくのお別れです。また、会いましょう」

「はい、また会いたいです」


 そう言い合うと、お嬢様はシリウスが待つ場所へと歩み寄っていった。また、会えることを祈って、私はその姿を見送った。

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