62.侵入者(2)
大きな音を立てて、扉が乱暴にこじ開けられた。窓から差し込む月明かりが、押し入ってきた影を浮かび上がらせる。
現れたのは、大柄な男が三人。口元を布で覆い、深く帽子を被っている。彼らは部屋を見渡すなり、こちらを見つけて目をぎらつかせた。
「金髪……あいつだ!」
「捕まえろ!」
「おうっ!」
ひとりが指を突き出すと、残る二人が一気に距離を詰めてきた。私は逃げずに身構えたものの、力では敵わず、あっという間に床に押さえ込まれてしまう。
「口を塞げ! 手足を縛れ!」
「分かってる!」
「おとなしくしてろ!」
荒々しい手が体を押さえつけ、骨が軋むほどの痛みが走る。思わず目をぎゅっと閉じた隙に、口に布を噛まされ、手足を縄で締め上げられた。食い込む痛みに涙がにじむ。
――大丈夫。彼らの視線は私だけ。お嬢様には気づいていない。それだけが唯一の救いだった。
不安に駆られてベッドの下をのぞく。けれど、そこにいるはずのお嬢様の姿がない。
えっ……お嬢様はどこに? 胸がざわめき、血の気が引いていく。焦燥に駆られたその時――。
「やめなさい!」
凛とした声が部屋を切り裂いた。侵入者たちの視線が一斉に音の方へ向く。私も必死に顔を上げると、部屋の隅に立つお嬢様の姿があった。
「金髪が……二人?」
「どっちが本物だ?」
「面倒だ、両方連れていけ!」
私を押さえつけていた男が立ち上がり、今度はお嬢様へと向かう。――まずい、このままでは!
どうにか体を起こそうとした瞬間だった。
「……ぐっ!」
「な、なんだ……!」
「く、苦しい……!」
三人の男たちが次々と胸を押さえ、うめき声を上げながら前のめりになる。体は震え、立っているのもやっとだ。
「ルアに……手荒な真似をするのは、許しません」
お嬢様に目を向けると、金色の瞳が淡く光を帯びていた。その視線に射抜かれた男たちは、なおも苦悶の声を漏らし、とうとう崩れ落れ落ちた。
床に倒れた男たちは、苦悶の声をあげていたのも束の間、突然ぱたりと動かなくなった。先ほどまで荒々しい息遣いと怒声で満ちていた室内が、嘘のように静まり返る。
これは一体……。胸がざわめき、理解が追いつかない。そんな私のもとへ、お嬢様が駆け寄ってきた。
「ルア、大丈夫?! しっかりして!」
泣きそうな声とともに、私を縛りつけていた縄を慌ただしく解き、口を覆っていた布を外してくれる。自由になった瞬間、張り詰めていた息を大きく吐き出した。
「お嬢様……」
「どこか痛むところは? 怪我はしてませんか?」
「……はい、なんとか。ですが、あの人たちは……?」
恐る恐る倒れ伏した男たちに目を向ける。彼らは身じろぎひとつせず、ただ眠るように静かだった。
「心配いりません。意識を奪っただけですから」
お嬢様は淡々と、けれどしっかりとした口調で告げた。
「い、意識を……奪った? まさか……その目の力で?」
「……はい」
まさかお嬢様の瞳に、こんな力が秘められていたなんて。
いいえ、力の存在自体は知っていた。けれど、ここまで圧倒的に発揮されるものだとは思っていなかった。
「……ごめんなさい。怖いところを見せてしまいましたね」
お嬢様は肩をすくめ、怯えるように小さな声で呟いた。まるでその力を自分自身で恐れているかのように、私から少し離れようとする。
「私の目は……力を解放すると、相手の意識を奪うことができます。それに……それ以上のことも」
「……そうだったんですね」
「そんな目を……あなたに向けていたなんて……」
お嬢様の表情は苦悶に歪み、わずかに身を震わせていた。
確かに、もし制御を誤っていたなら、私もあの男たちと同じように倒れていただろう。いや、それ以上のことすら起こっていたかもしれない。
それでも、私は後悔していない。
「お嬢様の瞳を見て過ごす日々は、とても楽しいものでしたよ。瞳を通じてたくさんのことを知れて、会話もできて……そして、お嬢様のことをもっと知れましたから」
「……ルアは、怖くないんですか? 自分もあんなふうになっていたかもしれないのに」
「ええ。私は、お嬢様を信じていますから」
そう言って微笑むと、前髪の隙間からお嬢様の瞳が覗いた。驚きに目を見開き――次の瞬間、安堵と喜びを滲ませるように細められる。
「……ありがとうございます。皆、私の目を恐れてばかりでしたから……」
お嬢様は胸の前で小さく手を握りしめ、私の言葉をひとつひとつ噛みしめるように受け止めていた。
だから、私はお嬢様の心が軽くなるように言葉を尽くす。
「お嬢様の心がしっかりしているから、誰も傷つかずに済んでいるんですよ」
私はそっとお嬢様の手に触れながら、言葉を紡ぐ。
「本当に怖い力なら、きっと周りはもっと大きな被害を受けていたはずです。でも……お嬢様は決してそうしなかった。力よりも、心の方が強いからです」
お嬢様の肩がわずかに揺れた。胸の前で握っていた両手が、きゅっと強くなる。
「だから、誇っていいんです。お嬢様の力は、ただ恐れられるものじゃない。誰かを守るために、誰かを救うためにある力です」
私がそう言い切ると、お嬢様は目を伏せ、長い睫毛が小さく震えた。
「……そんなふうに、言ってもらえたのは……初めてです」
か細い声がもれる。頬に涙の粒がひとつ落ち、そのあと、ふわりと微笑みが花開いた。
「みんな、私の目を見て怯えて……距離を置くばかりでした。私自身も、怖いものだと思い込んで……。でも、ルアがそう言ってくれると……なんだか、少し自分を許せる気がします」
その笑顔は、どこか幼い子どものようで、けれど芯の強さを秘めたものだった。
「ルアがいてくれるから、私はこの力を……胸を張って使えるようになりたい。誰かを傷つけるんじゃなく、守るために」
お嬢様はそう言いながら、そっと私の手を包み込んだ。体温が指先に伝わってくる。
「……ありがとうございます、ルア。私、少しだけ自分を好きになれそうです」
金色の瞳が月明かりを反射して、やわらかく輝く。その光はもう、恐怖ではなく、希望の色に見えた。
私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、その手を握り返した。
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