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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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61.侵入者(1)

「じゃあ、行ってきますね」

「早く帰ってきてくださいね」

「はい、もちろんです」


 お嬢様と短く言葉を交わし、私は鍵を開けて外へ出た。すぐに施錠を済ませると、そのまま通りを歩き出す。


 あれから特に大きな問題もなく、穏やかな日々が続いていた。最初は不安がちだったお嬢様も、今では自然と笑顔を見せてくださる。どうか、このまま平穏でありますように。


 そんな願いを胸に進んでいると、通りに面した家の前に人だかりが出来ていた。気になって近づき、耳を澄ませる。


「また不法侵入だって。最近、多いわよね」

「あっちの家も入られたらしいわよ。鍵を閉めていたのに、強引にこじ開けられたんですって」

「えっ……それじゃ鍵の意味がないじゃない。怖いわぁ……」


 どうやら、この家に侵入者が入ったらしい。しかも施錠していた扉を無理やり破って。背筋に冷たいものが走った。


「それで、犯人は捕まったの?」

「まだみたいなの。力が強いらしくて、二人がかりで取り押さえようとしたけれど、振りほどかれたそうよ」

「そんな……捕まっていないうえに強いだなんて……」


 もしそんな相手が屋敷に押し入ってきたら、私ではとても太刀打ちできない。


 だからこそ、お嬢様を守るために、せめて鍵だけでも万全にしておかなければ。


 私は足を速め、金具屋へと向かった。


 ◇


 扉の縁に金具をしっかりと固定する。ねじの頭が木に沈み込むまで、力いっぱい回し込んだ。金具を軽く引いてみると、まったくびくともしない。


 その金具に南京錠を括り付けると、錠前は小さく音を立てて閉じ、途端に扉はどこか重々しく、頼もしさを帯びた。試しに扉を引いてみても、頑丈な錠がしっかりと拒んでいる。これなら、簡単には誰も入ってこられないだろう。


「ルア、出来ましたか?」

「はい。とても頑丈な鍵を付けました。これなら、侵入者は入って来れないと思います」

「そう……良かったです」


 後ろで見守っていたお嬢様が、胸に手を当てて小さく息を吐いた。安堵の仕草が、薄灯りの中で柔らかく揺れる。鍵を付けたのは二か所。玄関先の扉と、お嬢様と私の寝室だ。


 本当は玄関に二重に掛けることも考えたが、万が一の備えとして寝室にも施錠することにした。これなら、何かあった時にほんの少しでも時間が稼げる。


「部屋にいる時は、玄関の扉にしっかりと鍵をかけて、部屋の鍵も必ず閉めましょう」

「そこまで必要でしょうか?」

「何かあったら大変ですからね。用心しておきましょう。そうじゃないと、お嬢様の身を守れません」

「……自分の事も大事だけど、ルアの身も心配です」


 お嬢様のことを一番に考えていたのに、彼女は私のことを案じてくれている。その視線に気づくと、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「危険がないように、お互いに気を付けましょうね」

「えぇ! もし危険が迫ったら、私がルアを守ります!」

「じゃあ、私はお嬢様を守りますね」


 小さな声でそう言い合った瞬間、ふたりの間にほんのりとした静寂が落ちた。お互いに微笑み合うその顔には、恐れも不安もなく、ただ相手を思う気持ちだけが浮かんでいる。


 その笑みはあたたかく、尊い時間をそこに生んでいた。スラムでは感じられなかった素敵な時間に自然と笑みも深まり、気持ちが強くなっていく。


 私がお嬢様を守らないと。


 ◇


 頑丈な鍵を取り付けて、ひとまず胸を撫でおろしていた。だが、安心は長く続かなかった。日を追うごとに、町に流れる不穏な噂が増えていったからだ。


 侵入者が夜な夜な扉を壊し、無断で家に入り込む。


 そんな話が尽きることなく広がり、人々の表情からは笑顔が消えた。町の至る所で不安げな声が飛び交い、誰もが怯えた目で夜を迎えていた。


 私にできることといえば、せめて戸締まりを厳重にすることくらい。それでも本当に守れるのかと、心の奥底にじわじわと恐怖が染み込んでいった。


 そして、その夜。とうとう、私たちの家にも侵入者が現れた。


 気づいたのは、寝ている最中だった。かすかな物音に目を覚まし、身を起こして耳を澄ませる。……下の階、玄関の方からだ。


 一体何が。そう思ってベッドを降りた瞬間、バキッという鋭い破壊音が響いた。扉が、強引にこじ開けられた音だ。直後、複数の足音が家の中にどっとなだれ込み、荒々しく床を踏み鳴らした。


 ようやく、嫌な確信が頭をよぎる。噂の侵入者だ。


 私は部屋の扉へにじり寄り、耳を当てる。階下では何人もの気配が騒がしく動き回る音が続いている。何かを探している……。


「金髪の女の子はいたか!?」

「いや、いない。残りは上か」


 ……金髪の女の子? 胸が冷たくなる。狙いは――お嬢様?


 足音が階段に向かう。軋む段板、騒がしくこちらに近づく気配。時間がない。


「……ルア、一体何が」


 その時、怯えた様子でお嬢様が私のそばに寄ってきた。寝間着の胸元を押さえる手が震えている。


「お嬢様、侵入者です。金髪の女の子を探しているようです」

「えっ……」

「私が囮になります。お嬢様は今すぐベッドの下に隠れてください」


 私は素早くクローゼットを開け、そこに仕舞ってあったかつらとドレスを取り出す。金髪のかつらをかぶり、ドレスを羽織ると、姿はまるでお嬢様だ。ちょうどその時、部屋の扉にドンッと重い衝撃が走る。


 もう時間がない。


「お嬢様、早く!」

「で、でも! それだと、ルアが危険な目に!」

「私のことよりお嬢様の方が大事です!」


 私はお嬢様の肩を抱き寄せ、そのままベッドのそばへ導いた。震える体を両手でそっと押し、ベッドの下へ身を沈ませる。


「お嬢様、絶対に出て来てはいけません」

「ルアが、ルアがっ……変装したら連れ去られてしまいますっ」

「大丈夫です。連れ去られたら、かつらを取って正体を明かします。そうすれば侵入者も興味を失って、私を放すでしょう」

「そんなに簡単にいかないと思いますっ……!」


 お嬢様の声が、涙混じりに震える。私はその顔を一瞬だけ見て、やわらかく微笑んだ。


「大丈夫です。私は必ず戻ってきますから」


 その言葉を残し、窓際に立つ。激しく叩かれる扉の向こうに、もうすぐ運命の瞬間が来る――。

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