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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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60.不安な日々

「ルア、ごめんなさい。あなたにまで迷惑を……」


 シリウスが去った後、お嬢様はぽつりとそう口にした。自分の身が危険に晒されているのに、真っ先に私のことを気遣ってくれる。その優しさに、胸の奥で渦巻いていた戸惑いはすっと消えていった。


「いえ。むしろ分かったんです。私でも、お嬢様を守れるって」


 もし追っ手が来た時、私が囮になればお嬢様は助かる。その覚悟は、もう決まっている。


 けれど、私の言葉を聞いたお嬢様は怯えたように肩を震わせ、勢いよく近づいて私の手を握った。小さく首を横に振りながら。


「だめです。そんなことをしたら、ルアが危険な目に遭ってしまいます」

「私はそのために雇われたんだと思います。だから……止められません」

「そんなことない! 最初からルアを危険に晒すために雇っただなんて、そんなの絶対にありえません!」


 強い否定。だけど、私には逆に納得がいってしまった。身寄りのない子供を世話役と称して傍に置き、いざという時には身代わりにする。……そう考えれば、筋が通ってしまうのだ。


 本来なら護衛をつければ済む話だ。けれど、護衛の数が減れば替え玉と疑われる。だからこそシリウスたちは、敢えて距離を置き、お嬢様を目立たせない策を取ったのだろう。


 外から護衛を雇うことだって出来たはずだが――何か事情があるのだと、彼らの口ぶりで察せられた。


 ……大事なお嬢様が、ただの子供に託されていたなんて誰も思わない。その盲点こそが、お嬢様をこれまで守ってきたのだ。けれど、もう状況は変わった。だから彼らは本当の役目を私に告げに来たのだと思う。


「私はお嬢様を守るために雇われた身です。だから、必ず守ります」

「……私は、ルアが危険に晒される方が嫌なんです。お願いだから、身代わりなんて言わないでください!」


 必死の声に、胸が締め付けられる。だから、少しズルい言葉を口にする。


「なら、そうならないために、しばらくは家に籠もりましょう。ここにいる限り、敵はお嬢様の居場所を突き止められません」


 私が提案すると、お嬢様ははっと顔を上げ、強く頷いた。


「……そうですね。そうすれば、ルアだって危険なことをしなくて済みます」


 その答えに、私は安堵の笑みを浮かべる。うん、これでいい。けれど、心の奥底では静かに覚悟を固めていた。


 いざという時、私が囮になる。それが、この命に与えられた役目なのだから。


 ◇


 それから、私たちはできるだけ外に出ないようにした。外出は一日一回の買い出しだけ。お嬢様は約束通り大人しく家の中で待っていてくれる。


 少しの間でも離れている時間が増えたせいか、家を出るときはいつもより急かされるようになった。


「ルア、早く帰ってきてくださいね。もし遅かったら、探しに外に出ちゃうかもしれませんよ?」


 そう言って小さく頬を膨らませるお嬢様に、私はつい笑ってしまう。そして帰ると、玄関にはいつもお嬢様が立っていて、じっと私を見つめてくる。


「ルア、お帰りなさい! 危険はなかったですか? 疲れていませんか? 荷物を置いて、一緒に休みましょう」


 満面の笑みで迎えられると、それだけで疲れが軽くなる。私の体を気にして手を取ってくれるその仕草が、なんだかとても愛おしい。


 家にいるときは、なるべくお嬢様のそばにいるようにした。孤独を感じさせないように。小さな声で話しかければ、彼女は嬉しそうに目を輝かせるし、私が黙っていると不安そうに耳を傾ける。そんなやりとりが、いつしか日常になっていった。


 一緒に台所に立つこともある。私が作っている時は後ろで見学して、暇さえあればお喋りをする。


 それから二人で囲む湯気の立つ皿はいつも温かい。食べながら交わす他愛ない話。その全てが穏やかに積み重なっていく。


 お嬢様は手先が器用で、ぬいぐるみ作りも夢中で続けている。布を縫い、綿を入れるその姿は真剣そのもの。私は脇で糸通しを手伝ったり、綿を均して詰めたりするだけだが、その間じっとお嬢様の手元を見つめているだけで心が落ち着く。


 小さな手が丁寧に針を進め、やがて丸い顔をしたぬいぐるみが出来上がる。目を付けると、それだけで表情が生まれ、お嬢様は満足そうに頬を緩めた。


「ふふっ、見てください。ぬいぐるみが出来ましたよ」


 完成したぬいぐるみを見て、私は驚いた。だって、その姿は私にそっくりだったから。


「お嬢様が作りたかったぬいるぐみってそれだったんですね」

「ルアが二人いるみたいな気がして、いいなって思ったんです」

「じゃあ、今度はお嬢様のぬいぐるみを作って、ぬいぐるみの私に友達を作りませんか?」

「それ、いいですね! じゃあ、まず絵を描かなくっちゃ!」


 私はそのぬいぐるみを抱いてみせると、彼女はすごく嬉しそうに笑い、また新しい友達を作るためにお嬢様は絵を描き始める。


 夜になると、離れた位置にあるベッドに潜り込む。小さな月明かりのもとでお喋りに興じる時間が好きだ。枕を抱えながら、お嬢様は今日作ったぬいぐるみの名前をひとつずつ考える。私はそれに対して冗談を言ったり、昔聞いた短い物語を語ったりする。


「ねえ、ルア。もし明日、空に大きな雲が浮かんでたら、どうします?」

「ええと……捕まえて、二人で乗ってみますか?」

「わー、それなら遠くへ行けますね。お店の屋根よりも高く!」


 そんな馬鹿げた想像でお腹を抱えて笑うと、緊張がほどけて胸が温かくなる。言葉が途切れる頃、瞼が重たくなり、二人は同じように呼吸を合わせて眠りに落ちていく。


 外はまだ危ないかもしれない。けれど、ここには確かな日常がある。不安を忘れるように、私たちは小さな家の中で日々を過ごした。

お読みいただきありがとうございます!

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なんか、危機的な状況でも必死に明るく過ごしてるようで、ちょっと悲しい。 何事もありませんように…
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