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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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59.平和な日の終わり

「見て、ルア! 頭と胴体が繋がったわ!」


前髪をピンで横に留めたお嬢様の金色の瞳がこちらを捉える。その視線と合うと、いつもなら少し圧を感じて息が詰まりそうになる。だが、今なら耐えられる。そう微笑んで答えた。


「良かったですね。あとは羽を付ければ完成です」

「えぇ、最後まで気が抜けないわ。ちゃんと付けてあげないと」

「その意気です。最後まで頑張ってくださいね」


 応援するとお嬢様は嬉しそうに微笑み、真剣な表情で手元に視線を戻した。その瞬間、いつもの圧がふっと消え、体が楽になった。


 以前は視線を向けられるだけで息苦しくなるほどだった。それがないだけで、ずいぶんと違う。ここ数日……いや、十数日前にお嬢様の秘密を知ってからというもの、彼女は力を制御する練習を続けているのだ。


 最初は圧が強く、私も苦しんだ。それを見てお嬢様は気合を入れて力を抑えようとした。必死の制御のおかげで、私の苦しさは和らいだ。


 やがて彼女は日常生活の中で意識的に力を押さえる訓練を続けた。そのうちに、意識を張りつめていなくても自然と力が整うようになり、今では普通に生活を送れるほどにまでなった。すべては、お嬢様の努力の賜物だ。


 でも、それより何より、お嬢様の顔に笑顔が咲いたことが一番嬉しかった。あのオドオドして遠慮がちだった彼女が、今では率先して話しかけてくれる。楽しそうにぬいぐるみを作る姿を見ると、胸が温かくなる。


 少しずつ変わっていくお嬢様を見るのが、何よりの喜びだ。まだ遠慮がちなところは残っているけれど、全体の様子は確実に変わってきている。


 ぬいぐるみに向かう横顔は真剣で、でもどこか楽しげ。初めて「楽しい」を知ったような無垢さがある。聞きたいことは山ほどあるけれど、あまり深入りするのは良くない。だから今は、ただその姿を見ているだけで十分だ。


「また一つぬいぐるみが出来たわ!」


 お嬢様は出来立てのぬいぐるみを嬉しそうに掲げた。黄色い鳥のぬいぐるみを机の端に置くと、色とりどりの鳥たちが仲良く並んでいるのが目に入った。


「たくさん作りましたね。どれも可愛いです」

「ええ、私にしては上手くできたと思うの。こんなに可愛いぬいぐるみを手にしたのは初めて」


 両手で顎を支え、足を揺らしながらぬいぐるみを眺めるその姿は、作り手だからこその愛おしさで満ちている。


「今度は違う形にしてみますか?」

「いいわね。次はどんな動物がいいかしら?」

「好きなものを作ると楽しいですよ」

「好きなものか……」


 お嬢様はしばらく目を閉じて考えた。真剣に悩むその表情が年相応で、つい頬が緩む。


「あっ、好きな物があったわ」

「どんな物ですか?」

「ふふっ、それは出来てからのお楽しみ。さぁ、ルア。材料を買いに行くわよ!」

「はい」


 何を作るつもりなのか不思議に思いながらも、私はお嬢様に付き添って外へ出た。


 こうして私たちの日々は穏やかに過ぎていった。お嬢様の秘密を知ってからというもの、以前よりもずっと楽しく感じる。


 すべてはお嬢様が正直に話してくれたおかげだ。そのおかげで距離が縮まり、友達のような関係になっていった。それが嬉しくて、毎日が楽しみで仕方なかった。


 このままずっと続けばいいのに。そう思っていたが、その日は長くは続かなかった。


 ◇


 食事の支度をしていると、不意に扉を叩く音が響いた。あまりに久しぶりの来訪に驚いて手が止まるが、すぐに気を取り直す。


 慌てて玄関に向かい、決められた合図のノックを返した。すると間を置かず、同じリズムでノックが返ってくる。間違いない。私はそっと扉を開けた。


 そこに立っていたのは、久しぶりに姿を見せたシリウスだった。


「中に入るぞ」

「はい」


 短い言葉を交わし、シリウスは中へ足を踏み入れる。その全身から張り詰めた空気が漂い、こちらまで緊張が伝わってくるようだった。


「お嬢様は無事か?」

「はい。何事もなく過ごされています」

「……そうか。私はお嬢様のところへ行く。お前は自分の仕事を続けろ」

「分かりました」


 それだけ言うと、シリウスは早足で二階へと上がっていった。きっと、お嬢様に近況を報告するつもりなのだろう。私は気にせず、再び調理台へ戻り、残りの食事作りに取り掛かった。


 やがて料理は仕上がり、あとは皿に盛るだけとなった。しかし、いくら待っても、シリウスは二階から降りてこない。話が長引いているのだろうか。胸に小さな疑念を抱きながら、私は二階へと足を運んだ。


 お嬢様の部屋の前で、そっと扉を叩く。


「失礼します。食事の用意ができましたが……お話は終わりましたか?」


 しばしの沈黙のあと、扉が静かに開いた。顔を見せたのはシリウスだ。


「待たせたな。ちょうど君にも聞いてもらいたい話がある。入ってくれ」

「……はい」


 促されるまま部屋に入ると、椅子に腰掛けたお嬢様の姿が目に入った。項垂れるように俯き、その小さな背中からはいつもの張りが消えている。


 胸の奥で嫌な予感が広がる。一体、どんな話をされたのだろうか。私が不安に息を呑むと、シリウスが口を開いた。


「我々の方で、大きな動きがあった」

「大きな動き……ですか?」

「あぁ、お嬢様の替え玉が襲撃された」

「えっ……!」


 思わず息を呑む。お嬢様に替え玉がいたことすら知らなかった。それ自体も衝撃だが、それ以上に、その替え玉が襲われたという事実に心臓が凍りつく。


 もし襲われたのが本物のお嬢様だったら。想像するだけで背筋が冷たくなった。


「襲撃の際に……お嬢様の顔を見られた可能性がある」

「それはつまり……替え玉だと見破られたかもしれない、ということですか?」

「その通りだ」


 屋敷にいるお嬢様が偽物だと知られれば、今度は本物を探しに動くに違いない。つまり、ここが安全でなくなる可能性がある。


「だから忠告に来た。これ以降は不要不急の外出を控えろ。敵がどこに潜んでいるか分からん」

「……分かりました。十分に注意します」

「それと、これを渡しておく」


 そう言って、シリウスは一つの袋を差し出した。受け取って中を確かめると、一着のドレスと金色のかつらが収められていた。胸がざわつく。これはまさか……。


 視線をシリウスに向けると、彼は黙って強く頷いた。


「もしもの時は……君がお嬢様の替え玉になれ」

お読みいただきありがとうございます!

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