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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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58.お嬢様の秘密(2)

「特別な力、ですか? 魔法のようなものでしょうか?」


お嬢様の話を聞いて、咄嗟にそう考えた。確かに、あの瞳には説明しがたい力が宿っている。身体が震えるような威圧感。ただ見られているだけで、動きが鈍るような感覚があった。


その不可思議な力は、まるで魔法のようにも思える。目に見えない何かが作用して、周囲に影響を与えているような、その手応えだ。


「……ええ、おそらく似たような力だと思います。他人に悪影響を及ぼす性質を持っているのです」

「悪影響、ですか……。私、お嬢様の目を見た時に威圧感で震えました。それが悪影響ということですか?」

「はい。もし直接目を合わせていたなら、もっと強い影響が出ていたはずです。だから私は、視線が合わないよう前髪を下ろしているのです」


 お嬢様が前髪で目元を隠していた理由が、まさかそんなものだったとは思いもしなかった。私はただ、人と目を合わせるのが恥ずかしいからだとばかり考えていたが、どうやら全く違ったらしい。


「……それだけではありません。私の力は、見た者へも悪影響を及ぼしてしまうのです。私が意識すれば、その影響はさらに強く……」

「悪影響……。具体的には、どんなことが起こるんですか?」

「……体に激しい痛みを与えたり、呼吸を奪って苦しませたり、最悪の場合は意識を失わせることも可能です」

「そ、そんなことまで……?」

「ええ。ただし、あくまで私が意識を向けた時に限ります」


 お嬢様の瞳には、想像以上の力が秘められているようだ。考えるだけで人を追い詰めるなんて……それはもしかすると、一般的な魔法よりも遥かに危険な力かもしれない。


「けれど、この力にも弱点があるんです」

「弱点……ですか?」

「……はい。一部の者には効き目が薄いんです。だからこそ、ルアが私の世話役に選ばれました」

「つまり、効き目が弱いのは……子供?」


 私の問いかけに、お嬢様は静かに頷いた。なるほど、だからこそ私が選ばれたのだ。影響が小さい者を傍に置く必要があったのだろう。


 それに、もしもの事態が起こったとしても、身寄りのない私なら周囲に迷惑が及びにくい。そう考えれば確かに都合が良い人選だ。


 自分が選ばれた理由を知って、妙に納得すると同時に、胸の奥でほんの少しだけ安堵の息が漏れた。


「だから……私の目を、あまり見ないでください。ルアに悪影響が出てしまいます」


 珍しく強い口調でそう告げるお嬢様。その言葉にははっきりとした意思が宿っていて、私は自然と頷いてしまった。だが次の瞬間、彼女の口元に浮かんだのは、どこか寂しげな笑みだった。


 他人を気遣って、敢えて目を合わせないようにしている。けれどそれは同時に、自らを孤独へ追いやっているということだ。


 もし自分が同じ立場だったら……。傍に人がいるのに孤独を拭えず、心の奥底でずっと寂しさを抱え続けるなんて。そう思うだけで胸が締めつけられるように苦しくなった。


 だからこそ、どうにかしてあげたい。せめてこの時間だけでも、お嬢様の心が少しでも軽くなれば――。


「お嬢様の力って、意識して見つめると悪影響が出るんですよね? なら逆に、意識して悪影響を抑えることも出来るんじゃないですか?」

「……理屈の上では可能です。でも、これまで上手くいった試しがなくて。練習を重ねれば良くなると思いますが……」

「でしたら、私で練習してみませんか? そうすれば力の扱いも上達して、人と目を合わせることだって出来るようになりますよ」

「……えっ? そんな……ルアに迷惑をかけてしまいます」


 私が練習台になれば、お嬢様の力はもっと自在に制御できるようになるはずだ。そうすれば彼女の孤独も和らぐかもしれない。


 けれど、お嬢様は困惑したように首を横に振った。


「……ルアに辛い思いはさせたくありません。もし私が調整を誤れば……ルアが危険に晒されることに」

「私なら大丈夫です! こう見えても身体は丈夫なんですから。どんな悪影響だって耐えてみせます!」


 わざと明るく、胸をどんと叩いてみせると、お嬢様は思わず小さく笑った。


「ふふっ……そんな風には見えませんけれど」

「大事なのは気持ちですよ。強い心を持っていれば、出来ないことなんてありません!」

「……気持ちの、問題……」


 お嬢様は小さく呟くと、考え込むように視線を落とした。


 私の言葉が、ほんの少しでも彼女の心に響いてくれただろうか。そう願いながら、私は静かにお嬢様の心が決まるのを待った。


「……私、人と目を合わせてみたいです」

「なら、早速やってみましょう。お嬢様、しっかり気を強く持ってくださいね」

「は、はい……!」


 お嬢様の決意が固まったらしい。ならば、ためらわずに始めるべきだ。


 向かい合うと、お嬢様は深く息を吸って気持ちを整えた。肩に意識を集中させるように力を入れ、何かに心を合わせている様子だった。


「だ、大丈夫です……」

「では、目を合わせてみましょう」

「……はい」


 私も静かに心を鎮め、その瞬間を待った。お嬢様は震える指で前髪をかき分ける。髪の隙間から現れたのは、透き通るような金色の瞳だった。


 その瞳がこちらをとらえた刹那、これまでに感じたことのない圧が襲ってきた。胸が締めつけられるように苦しく、全身が潰されそうになる、圧倒的な力の実感だった。


 だが、そこで屈してはいけない。私は意識を引き締め、必死に気を強く持って瞳の圧に抗った。すると、少しだけ圧が軽くなったように思えた。


 それを機に、お嬢様はそっと前髪を元に戻した。頬をほんのりと赤らめ、気恥ずかしそうに視線を落とす。


「……こんなふうに、誰かと目を合わせたのは……本当に久しぶりで……」

「それで、どうでしたか?」

「……はい。とても……とても嬉しい気持ちになりました」


 お嬢様の声はかすかに震えていたけれど、その表情は柔らかな微笑みに満ちていた。孤独に覆われていた心に、初めて温かな光が差し込んだ、そんな顔だった。


 私はその姿を見て、胸がいっぱいになった。たった一瞬でも、お嬢様が笑ってくれた。ほんの少しでも、寂しさを忘れてくれた。


「良かった……お嬢様がそう言ってくださるなら、私も本当に嬉しいです」


 言葉を口にしながら、自然と頬が緩む。一歩でも前に進めたことが、何より誇らしく思えた。


 そっと互いに視線を交わし合ったわけではない。けれど、確かに心は通じ合っていた。


 その瞬間、私は思ったのだ。この尊い笑顔を、これからも守っていきたい、と。

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