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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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56.ぬいぐるみの材料(2)

 お嬢様はゆっくりと店内を歩きながら、一枚一枚の生地をじっと見つめていった。


「絵の通りに仕立てるなら……青と白の生地が必要、ということですよね?」

「はい。お嬢様がこれだと思う色を選んでください」

「……なんだか、緊張してきました」


 肩をこわばらせながらそう漏らす。その反応は少し大げさにも思えたが、初めて自分の意思で選ぶのだから仕方ないのだろう。私は余計な口を挟まず、ただ静かに寄り添った。


「……あ、ここに青い生地が並んでいますね」


 視線を向けると、壁に立てかけられた反物の一角に、濃淡さまざまな青が整然と並んでいた。深い紺から淡い水色まで、その数は十種類以上にもなる。


「たくさんありますね。じっくり見比べて、お気に入りを見つけてください」

「は、はい……」


 声をかけると、お嬢様はおずおずと頷き、生地に向き直った。そして一枚ずつ手に取り、布地の感触や色合いを確かめていく。前髪に隠れて表情は見えなかったが、その仕草は真剣そのものだった。


「これは……ちょっと濃すぎるかな。こっちは……思っていたイメージと違うし……」


 小さく呟きながら、一つひとつ吟味していく姿は、先ほどの心許なげな様子とはまるで別人のようだった。今は堂々と、自分の好みを探し出そうとしている。


 その姿を眺めていると、私は心から安堵した。お屋敷では厳しい規律に縛られているお嬢様だが、せめてここでは羽を広げ、自由に選ぶ喜びを知ってほしい。少しでもその心が軽くなるのなら、それだけで私は十分に嬉しいのだ。


 すると、お嬢様が一枚の生地を手に取ったまま、ぴたりと動きを止めた。口を少し開けて、その布をじっと見つめている。


「これ……」

「どうしましたか?」

「この生地、私のイメージにぴったりなの」


 そう言って振り向いたお嬢様の口元には、はっきりと喜びの色が浮かんでいた。その笑みを見た瞬間、私の胸にも自然と温かさが広がる。


「とても良いと思います。この生地なら、きっと可愛らしい鳥のぬいぐるみになりますよ」

「だ、大丈夫かしら……。私が独断で選んでしまって」

「いいえ。お嬢様が自分で選んだからこそ、素敵なぬいぐるみになるんです」

「……ふふっ、そうなのね」


 小さな笑みをこぼすお嬢様。その表情に私も思わず頬を緩めた。


「では、この生地に決めます。ルアがそう言うなら、きっと良いぬいぐるみになるわ」

「はい。絶対に素敵なものになりますよ。それでは、次は白い生地を見てみましょうか」

「えぇ」


 青い生地の前を離れ、今度は白い生地が並ぶ棚の前に移動した。そこには、純白から生成り、淡く乳白色を帯びたものまで、実に多彩な“白”が揃っている。


「白って言っても、こんなに種類があるのね。選ぶのが大変だわ」

「もしよければ、少しお手伝いしましょうか?」

「……いいの。これは、ちゃんと自分で選びたいから」


 差し伸べかけた私の手を、お嬢様は小さく首を振って退けた。その姿に胸が熱くなる。自らの意思で選ぼうとするお嬢様。その成長に、心からの感動を覚えた。


 それからお嬢様は、一枚一枚を丁寧に吟味していった。布地の質感を指先で確かめ、光に透かし、真剣な眼差しで自分のイメージに近いものを探していく。やがて、その手がふと止まった。


「……うん、この白にするわ」


 指先でなぞるその布は、ほんのり柔らかな温もりを感じさせるような白だった。


「先ほど選ばれた青を、より一層引き立ててくれる色ですね。とても良いと思います」

「そ、そうかしら? ……私の選んだ生地、間違ってない?」

「間違いなんてありません。どれもお嬢様がしっかり考えて選ばれたものです。素晴らしいと思いますよ」

「そう……良かった」


 安堵の吐息が小さく漏れた。緊張で強張っていた肩がすっと下がり、ほっとした笑みが浮かぶ。


「終わってみると……なんだか、楽しかったわ」

「えぇ。お嬢様がご自分で選んだ結果です。だからこそ、きっと素敵なぬいぐるみになります」

「ふふっ……楽しみね」


 お嬢様は胸の前で生地を大切そうに抱きしめた。その表情は柔らかく、目尻が嬉しさに緩んでいる。


「わたし……こうして自分で選べるなんて、思ってなかったの。屋敷では、こうはいかなかったから……」

「今日はお嬢様のご意思で選んだのです。その一枚一枚に意味がありますよ」

「そうよね……。私が選んでいいって言われるの、すごく新鮮で……こんなに心が弾むものなのね」


 声には少しの照れが混じっていたが、抑えきれない喜びがにじんでいた。


「失敗したらどうしようって不安だったのに……今は、自分の手で決められたことが嬉しくて仕方ないわ」

「その気持ちこそが大切なんです。きっと、その思いも込められたぬいぐるみになりますね」

「……ありがとう、ルア。今日は、本当に良い日になりそう」


 そう言ってお嬢様は、抱きしめた生地にそっと頬を寄せた。その姿は、厳しい屋敷での姿とは違う、年相応の少女そのものだった。

 

「あとは針と糸を選んで、ぬいぐるみに詰める綿を買いましょう」

「あ、そうよね。まだ必要な物があったわ……」


 必要な品を整理して口にすると、お嬢様は小さく俯いてから、何かを思いついたようにこちらを見上げた。落ち着かない様子で指先をもじもじと絡ませている。


「どうなさいました?」

「あ、あのね……その……」

「ええ、遠慮なさらずに」

「……それも、私が選んでもいい?」


 はにかむように告げられた言葉は、確かな意思だった。まさかここまで積極的な気持ちが芽生えるとは思っていなかった私は、一瞬言葉を失う。


「……やっぱり、ダメですよね」

「いえ、とんでもありません。お嬢様が使う物ですから、お嬢様に決めていただくのが一番です」

「……本当に?」

「もちろんです」


 力強く頷くと、お嬢様の表情がぱっと明るくなった。


「だったら、私が選ぶわ! ふふっ、どんなものにしようかしら……」


 先ほどまでの頼りなさは影を潜め、今は胸を弾ませる年相応の少女がそこにいる。楽しそうに棚へと歩み寄り、一つひとつを手に取って確かめていく。その姿を見つめながら、私はそっと微笑んだ。


 お嬢様がこんなにも楽しそうにしている。それだけで、今日ここに来た意味は十分にあったのだ。

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