54.ぬいぐるみ作りの準備
「……書けました。こんな感じでどうでしょうか?」
消え入るような小さな声で、お嬢様はおそるおそる紙を差し出してきた。私はそっと受け取り、描かれた絵に目を落とす。
そこには、一羽の鳥がいた。鮮やかな青い羽根に包まれ、顎からお腹にかけては柔らかな白が広がっている。思わず見入ってしまうほど繊細で、同年代の少女が描いたものとは到底思えない出来映えだった。
「とても……上手ですね。お嬢様には絵の才能があるんだと思います」
「わ、私の絵……そんなに上手に見えましたか?」
「ええ。本当に」
素直に伝えると、お嬢様はもじもじと手を握りしめ、恥ずかしそうに俯いた。
「そんなふうに言われたの、初めてです」
「え? そうなんですか?」
「はい……。いつもは、ここを直したほうがいいとか、細かい指摘ばかりで……」
「……それって、もしかして絵を見ていたのはプロの方だったんですか?」
「……はい」
私は思わず息を呑んだ。プロに見せて批評されるなんて、なんて過酷な環境だろう。
絵くらい、自由に楽しんで描かせてあげればいいのに。だけど、お嬢様の暮らす世界には、そうした余白や遊び心は許されていないらしい。
だったら、ここにいる間くらいは……思い切り楽しませてあげたい。
心の中でそう誓う。窮屈なお屋敷の生活から離れ、この場所だけはのびのび過ごしてもらいたい。
「あの……これからはどうするんですか?」
「この絵を元に、まずは型紙を作ります」
「ぬいぐるみ作りは、まだしないんですね」
「はい。形をきちんと整えてからのほうが、ずっといいぬいぐるみになりますから。型紙作りは私に任せてください」
「……よろしくお願いします」
お嬢様はおずおずと頭を下げた。その仕草に、胸がきゅっと締めつけられる。
こんな小さなことにも深々と頭を下げるなんて。お屋敷で、彼女はどれほど息苦しい暮らしをしてきたのだろう。
真剣に線を引いていると、そっとお嬢様が覗き込んでくる。
「……これが、ぬいぐるみになるんですか?」
「はい。パーツだけでは全然それっぽく見えませんが、繋げてみるとちゃんと形になるんですよ」
「不思議ですね……。どうしても想像がつきません」
興味津々の様子で紙を見つめるお嬢様に、私は描きながら一つずつ説明を加えていく。すると、最初は遠慮がちだった姿勢が、気づけばぐっと前のめりになっていた。前髪に隠れて表情はよく見えないけれど、きっと瞳が輝いているに違いない。
「……すごいです。この形から、頭ができるなんて」
「ですよね。このパーツだけ見ても想像できないですよね。でも縫い合わせれば、ちゃんと頭になるんです」
「……早く作ってみたいです」
その声に弾むような期待が滲んでいて、思わずこちらまで嬉しくなる。これなら、裁縫もきっと楽しんでくれるはずだ。
やがて、パーツの描き込みが終わった。
「これで全部揃いました。お嬢様、作れそうですか?」
「数が多くてびっくりしましたけど……はい、頑張れば出来そうです」
「良かった。それじゃあ、必要なものを買ってきますね。お嬢様はお部屋で待っていてください」
そう言うと、お嬢様はふいに俯いてしまった。どうしたのだろうと首を傾げると、小さな声が返ってくる。
「……私も、一緒に必要なものを見に行っていいですか?」
控えめなお嬢様が、自分から外出を望むなんて!
「もちろんです! 一緒に行きましょう」
「あの……ご迷惑にならないようにします」
「大丈夫です。むしろ一緒のほうが嬉しいですから。選ぶ時って、わくわくするんですよ」
「……選ぶのが、楽しい?」
お嬢様は不思議そうに首をかしげた。まるで「選ぶ」という行為そのものを知らないみたいに。
「普段は……選ぶ時、どうされているんですか?」
「えっと……相手の話をよく聞いて、何が最善かを考えて……。でも大抵は迷ってしまって、薦められたものをそのまま受け取っています」
私は絶句した。選ぶことすら正解を求められ、大変な思いをしてきたなんて。しかも、結局は自分の意思で選ばせてもらえていない。
これは、私がちゃんと選ぶ楽しさを教えてあげないと。
「お嬢様。選ぶことって、とても楽しいんですよ。自分がこれだと思ったものを手に入れると、それだけで幸せになるんです」
「……物を選ぶだけで幸せに? 本当に、そんなことで……?」
「はい。本当に、そんなことで幸せになれるんです。だから、一緒に体験してみましょう」
「……わ、分かりました。体験……してみたいです」
まだ戸惑いを残しながらも、決意のこもった頷きが返ってきた。その小さな勇気が、とても嬉しい。
「それじゃあ、外に行く準備をしましょう。服装は今のままで大丈夫ですが……髪は目立ちますから、結って帽子の中に隠しましょう」
「……はい。お願いします」
控えめでも、しっかりと自分の意志を示してくれたお嬢様。その姿に安堵しながら、私は外出の支度に取りかかった。
お読みいただきありがとうございます!
面白い!続きが気になる!応援したい!と少しでも思われましたら
ブックマークと評価★★★★★をぜひよろしくお願いします!
読者さまのその反応が作者の糧になって、執筆&更新意欲に繋がります!




