45.一人の給仕(1)
「ごめんなさい! 今日はどうしても働けなくなっちゃったの」
ハリーが両手を合わせて頭を下げる。その言葉に、ノットと私は思わず目を丸くした。
「何かあったのか?」
「家族が風邪を引いちゃって……看病しないといけなくなったの」
「それは大変です。仕事どころじゃありませんね」
「ええ……。本当に申し訳ないんだけど、今日はお休みをいただけないかしら?」
眉尻を下げ、申し訳なさそうにこちらを見つめるハリー。私はノットと視線を交わし、すぐに頷いた。
「もちろん。家族の病気が治るまで、しっかり看病してあげて」
「私も同じ意見です。無理せず休んでください」
「……ありがとう。そう言ってもらえると、本当に心強いわ」
ハリーの顔に、ほっとしたような笑みが浮かんだ。私たちは、その笑顔を見て少し安心した。
それからハリーは深く頭を下げて、足早に店を後にした。扉が閉まると、残された私たちは真剣な表情で顔を見合わせる。
「さて……今日の仕事をどう回すかだな。俺が調理、皿洗い、会計を全部やるか?」
「でも、それだと料理を出すのに時間が掛かりませんか?」
「仕方がないさ。お客さんには最初に事情を説明して、少し待ってもらうしかないだろう」
ノットが一人で三役をこなす姿を思い浮かべる。確かに頼もしいけれど、あの忙しさの中で全てを背負わせるのは酷だ。ここは、私も戦力にならないと。
「あの……もし良ければ、私に会計を任せてくれませんか?」
「ルアが? でも、計算は結構ややこしいぞ」
「大丈夫です。普段からお客さんの注文を見て、こっそり暗算してるんです」
「……そんなことまでしてたのか」
いつか役に立つ日が来ると思って続けていたお会計の真似事。それが、まさに今。胸の奥で何かが熱くなる。
ノットはしばらく腕を組んで考え込み、やがて頷いた。
「よし。じゃあ、会計はルアに任せる」
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
「難しい仕事だが……頼んだぞ」
その瞬間、肩に重みが乗った気がした。責任という名の見えない荷物だ。けれど、怖くはない。
今まで助けてもらってばかりだった。今日は、私が支える番だ。失敗なんてできない。胸を張り、私は気合のこもった声で返事をした。
◇
看板を店先に出し、開店の準備完了。
今日は一人で接客をこなさなければならない。無駄な動きを減らし、効率よく動くことが何より大事だ。
そこで、まずはコップに水を入れておくことにした。棚からコップを並べ、水瓶から順に注いでいく。これなら、注文のたびに水を入れる手間が省ける。
「ほう……事前に水を用意しておくのか。ルア、やるじゃないか」
「はい!」
ノットが感心したように頷く。小さな工夫でも、積み重ねればきっと大きな助けになる。少しずつでも先回りして、仕事を減らしていかなくちゃ。
そうして準備をしていると、扉が音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ! 空いているお席へどうぞ!」
今日もできる限り元気な声を出す。お客さんの人数を確認し、すぐにトレーにコップを載せて席へ向かう。
「あれ? 今日はハリーの姿が見えないな」
「実は、ご家族が風邪を引かれたそうで……看病のためにお休みをいただいているんです」
「そうか、それは大変だな」
「はい。それで本日は、お料理や対応が少し遅れるかもしれません。ご迷惑をおかけしますが、ご協力いただけると助かります」
そう伝えると、お客さんは「わかったよ」と軽く頷いてくれた。それから注文を聞くと、すぐにノットに伝えに行く。
一日の仕事が始まった。今日は忙しくなるから、気合を入れないといけない。
そうしていると、また扉が開く。
「いらっしゃいませ! 空いているお席にどうぞ!」
◇
「ルア、料理が出来たぞ!」
「はい、ただいま行きます!」
「おーい、水をくれ!」
「少々お待ちください!」
開店して間もなく、店内はあっという間に満席になった。賑やかな笑い声や食器の触れ合う音があちらこちらから響き、空気が温かく活気づいている。
その中で、ノットと私の声が忙しなく飛び交う。私は急いで厨房へ向かい、出来上がった料理を受け取ると、笑顔を忘れずにお客さんの前へ。
「お待たせしました!」
手際よく料理を並べ、すぐさま水を欲しがっていた席へと駆ける。
「お待たせしました! 今、水をお持ちしますね」
コップを回収して水を注ぎに向かおうとした瞬間、別の席のお客さんが立ち上がった。
「お会計を頼む」
「かしこまりました。カウンターの前でお待ちください!」
――ついに、この時が来た。
胸が少し高鳴る。けれど、まずは水を届けるのが先だ。トレーに水を載せて笑顔で席に戻し、その足でカウンターへ。
カウンターには、お金の入った箱と、注文メニューが記された紙が置かれている。今日は朝だから、メニューは朝食プレートのみ。
「お待たせしました。お会計はご一緒でよろしいですか?」
「別々で頼む」
「承知しました。朝食プレートお一つ、八百セルトになります」
お客さんが差し出したのは銅貨一枚。銅貨は千セルトなので、お釣りは二百セルト――小銅貨二枚だ。
箱に銅貨を入れ、小銅貨を二枚取り出す。
「千セルトお預かりしましたので、お釣り二百セルトになります」
「ああ、確かに」
お客さんは満足そうに受け取った。よし、間違いなし。
一つ会計をこなせたことで、胸の中に小さな自信が芽生える。次のお客さんもスムーズに対応すると、「ありがとう」と笑顔を向けられた。
「ルアはお会計もできるんだな。すごいじゃないか」
「実は、こっそり練習してたんです。だから今日、それを活かせて良かったです」
「へえ、そうなのか。ルアは本当に頑張り屋だな。じゃあ、ご馳走様」
「本日はありがとうございました。またお待ちしております!」
声を張って見送ると、達成感が胸いっぱいに広がった。よし、この調子で最後までやりきろう。
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