44.元気の素
「いらっしゃいませ! 空いているお席へどうぞ!」
今朝も精一杯の声を張り上げ、笑顔でお客さんをお出迎えする。すると、扉をくぐったお客さんがにこやかに挨拶してくれた。
「よぉ、ルア。今日も元気だな!」
「はい! 元気に働くと、楽しい気持ちになれるんです」
「そうか! 楽しいのはいいことだ」
顔なじみのお客さんが気さくに声をかけてくれると、私も自然と親しみを込めて返す。それだけで、お客さんは満足そうにうなずいた。
こうしたやり取りも立派な仕事のひとつ。忙しいからといって、おざなりにはできない。この会話があったからこそ、お客さんは私を受け入れてくれたのだ。
お客さんが席に座る前に、コップに水を注ぎ、着席と同時にそっと近づく。
「はい、お水です。料理は今作っているので、しばらくお待ちくださいね」
「おう、ありがとよ。今日も朝から忙しそうだな」
「お陰様で繁盛しています。やっぱり、ノットさんの料理が美味しいからですよね」
「それもあるな! だが、それだけじゃないんだよ」
含みのある言い方に、思わず首を傾げる。
「えーっと……値段が手頃とかですか?」
「いいや、違うな」
「うーん……家から近いとか!」
「残念、外れだ」
えっ、他に何かあるんだろうか? 腕を組み、真剣に考えるが、どうしても思いつかない。
「すいません、分かりません……」
「それはな、ここに来ると元気が貰えるからなんだよ」
「元気、ですか? お腹がいっぱいになって元気になるってことですか?」
「それもあるが、他の要因があるんだよ」
この店に、そんな元気になる要因が……? まるでパワースポットみたいな何かでもあるんだろうか。
不思議そうに見つめていると、お客さんはにっこり笑いながら言った。
「店員の笑顔だよ」
「わ、私たちの笑顔……ですか?」
「そうそう。ハリーやルアの元気の良い声を聞いたり、笑顔を見たりすると元気がもらえるんだ。この店に来るのは、それが目的でもあるんだ」
そんなふうに思ってもらえるなんて、夢にも思っていなかった。自分の笑顔が、誰かの一日の元気になっているだなんて……。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「俺たちはこれから仕事が始まるだろう? 本当は嫌で嫌で仕方ないんだが、その気持ちを上げてくれるのがルアたちの笑顔なんだ」
「そうなんですね……笑顔にそんな力があるなんて、知りませんでした」
「ルアたちから元気をもらってるから、仕事も頑張ろうって思えるんだ」
正面から笑顔でそう言われると、胸がくすぐったくなって、少しだけ頬が熱くなる。自分の笑顔が誰かの力になっている――そう思うと、不思議と嬉しさがこみ上げた。
「だから、朝から元気でいてくれてありがとな」
「い、いえ……こちらこそ、ありがとうございます」
そう言ってお客さんは、ぽん、と私の頭を軽く撫でてくる。思わず笑みがこぼれ、ぺこりと頭を下げた――そのとき。
「そう言って、ルアを独り占めしたいくせに!」
「そうだぞ! ルアは忙しいんだから、そんなに呼び止めるなよ!」
「私だってルアとお喋りしたいのにー!」
別の席から次々と声が飛んできた。冗談混じりとはいえ、その響きはやけに切実で、思わず申し訳ない気持ちになる。
しかし当のお客さんはまったく悪びれず、胸を張って言い返した。
「へへっ、羨ましいだろう!」
「くそっ! 食事を詰まらせて死ね!」
「いい思いしやがって!」
「ルア、私と一緒にお喋りしましょう!」
途端に店内がわいわいと騒がしくなる。なんとか落ち着けようと口を開きかけたが、喧騒は収まるどころか、ますます熱を帯びていった。
「おい、こら! お前ら、うるさいぞー!」
そのとき、厨房からノットが大股で出てきて、店内に響き渡る声を放った。瞬間、賑やかだった空気がピタリと止まる。
「騒がしいのは構わないが、煩いのはダメだ。言い争いをするなら、店を出てからにしてくれ」
はっきりした口調に、ヒートアップしていたお客さんたちは「悪かった」と小さく呟きながら、そっと席に腰を落ち着けた。
良かった、喧嘩にならなくて――そう胸をなで下ろしていると、店内をぐるりと見回したノットが、にやりと口角を上げた。
「俺は休憩中とか、調理補助の時にたっぷりルアと話してるんだ。どうだ、羨ましいだろう!」
胸を張って、堂々と宣言。
「くそーっ! 自慢かよ!」
「ノット、くたばれー!」
「ルアを一日貸せー!」
店内は再び野次の嵐に包まれる。だが、当の本人は眉ひとつ動かさず、むしろ満足げに腕を組んでいる。
「はっはっはっ、痛くも痒くもないね!」
「ノットの奴、いい思いしやがって!」
「犯罪で捕まっちまえ!」
「ルアはウチで預かるわー!」
笑いと怒号が入り交じり、ノットを中心に店内がまた騒がしさを増していく。どうしたらいいのか分からず、私はオロオロと視線を泳がせた――そのとき。
「もう、何やってるのよ!」
鋭い声が店内を切り裂く。ハリーだ。腰に手を当て、険しい顔でずかずかと前へ進み出る。
「ほら、ノットさんは食事作り! お客さんはちゃんと食べて仕事に行くの!」
有無を言わせぬ勢いでノットを厨房へ押し返し、立ち上がっていたお客さんの肩を掴んで、ぐいっとイスに座らせる。
そして仁王立ちのまま、さらに一言。
「ここは食事処よ! 他のことで盛り上がらないで頂戴!」
その迫力に、お客さんたちは小さくなり、しゅんとしながら食事に手を伸ばした。
「さぁ、これで仕事が出来るわよ。ルア、大丈夫だった?」
「はい、ありがとうございます。ハリーさんって凄いんですね!」
「ふふっ、そう? ルアに褒められて嬉しいわ。さぁ、仕事よ!」
ハリーってば本当に凄い! 私もハリーの事を見習わなきゃ!
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