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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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43.閉店後の仕事

「じゃあ、私はここまで。そろそろ帰るわね」


 まかないを食べ、食器を洗い終えると、ハリーさんは手早く身支度を整えた。


「ハリーさんは、ここで終わりなんですね」

「そうよ。私の担当は接客、配膳、会計、それから時々皿洗いまで。調理補助は仕事じゃないの」

「そうなんですか。私は調理補助もあるので、もう少し残ります」

「疲れてるだろうけど、ノットさんをしっかり手伝ってあげてね。きっと助かると思うから」

「はい、頑張ります!」


 私とハリーさんの仕事は微妙に違うけれど、お互いに足りない部分を補い合って、この店を回しているんだと改めて感じる。


「じゃあ、お先に失礼するわ」

「お疲れさまでした」

「ご苦労さん」


 そう言って、にこやかに手を振りながらハリーさんは店を後にした。残されたのは、店主のノットさんと私だけ。


「よし、それじゃあ調理補助のやり方を教えるぞ。厨房へおいで」


 呼ばれて、私は厨房へ足を踏み入れた。奥の隅には、袋に詰められた野菜がいくつも置かれ、その隙間から茶色やオレンジの色がちらりとのぞいている。


「今からやるのは、翌朝の仕込みだ。朝食は固定メニューで――目玉焼き、燻製肉のソテー、ポテトサラダ、野菜スープ、黒パン。この五品だ」


 なるほど、朝からなかなか豪華な内容だ。それだけに、準備も手間がかかりそう。


「前日にやっておくのは、野菜の皮むきと、野菜を一口大に切る作業だな。まずは皮むきから頼むぞ、ルア」


 そう言って、ノットは私の前に袋を置いた。その中に入っていたのはジャガイモだ。


「この小さいイスに座って、皮を剥いてくれ。皮はこの桶に、剥いたジャガイモはこっちの桶にな」


 ノットさんは私に小さなイスを差し出し、床に桶を二つ並べた。やることは分かった。あとは皮の剥き方を教わるだけだ。


「剥き方はこうだ。片手で野菜を持って、もう片方に包丁。刃を野菜に軽く当てて……こうやって回していくと、皮がするすると剥けていく」

「分かりました、やってみます」

「皮はできるだけ薄くな。厚く剥くと食べられる部分が減っちまう。最初はゆっくりでいいから、確実に頼むぞ」


 ノットさんも同じように小さなイスに腰かけ、ジャガイモを手に取った。その手つきは迷いがなく、皮が薄く、長く、するすると剥かれていく。


 その様子を目に焼き付け、私も皮むきに取り掛かる。片手にジャガイモ、もう片手に包丁。刃を当て、ゆっくりと回すように動かす。


 ――硬い。


 少し力を強めると、ようやく刃が皮を捉えた。力加減を掴むと、皮は薄く滑らかに剥け始める。最初はすぐに千切れてしまった皮も、少しずつ繋がった一本の帯になって落ちていく。


「お、そうそう。その調子だ。いい感じに剥けてるじゃないか」

「本当ですか? これくらいで大丈夫ですか?」

「ああ、初めてにしちゃ上出来だ。皮も薄いし、このまま頼む」


 褒められると、胸の奥がぽっと温かくなり、手元も自然と軽くなった。するすると皮を剥き進め、ようやく一つのジャガイモを剥き終える。


「このジャガイモ、どうですか?」

「……ほう、いいじゃないか。皮も均一に薄いし、実も傷んでない。見てて気持ちがいいくらいだな」


 ノットさんは手の中のジャガイモをひっくり返しながら、目を細めた。


「ルアは飲み込みが早いし、丁寧だ。正直、助かってる。ありがとな」


 素直に笑って言われたその一言に、胸の奥がふわりと浮くような感覚が広がった。ジャガイモひとつなのに、宝物を褒められたみたいで、つい顔が綻んでしまう。


 それから、私たちは言葉少なに、ただひたすらジャガイモの皮を剥き続けた。ノットの手さばきは驚くほど速く、皮が面白いようにするすると剥けていく。それに比べれば私の動きはまだぎこちないけれど、負けたくない気持ちで手を止めずに集中する。


 気がつけば、山のように積まれていたジャガイモは、見る間に数を減らし、お互いの手元には最後のひとつだけが残った。


「……よし、剥けました!」

「おお、ありがとな。こんなに早く終わるとは思わなかった。助かったよ」


 ノットは笑いながら、桶の中のジャガイモを見やった。


「じゃあ、次は人参だな。ルアは皮むきを続けてくれ。俺はこいつらを一口大に切っておく」


 そう言って、ノットは私の前に人参がぎっしり詰まった袋を置いた。橙色の鮮やかな色合いが、薄暗い厨房でひときわ目を引く。


 よし、次も綺麗に剥いてやる。


 ◇


 私が皮を剥き、ノットが野菜を一口大に切る。役割を分けて作業すると、驚くほどの速さで進んでいった。


 次々と下処理を終えた野菜が桶の中に積まれていき、厨房の隅は色とりどりの食材でいっぱいになる。そして、とうとう――最後の皮むきが終わった。


「ノットさん、これで全部剥き終わりました」

「おぉ、本当か! 思ったよりずっと早かったな」


 報告すると、ノットが嬉しそうに笑ってくれる。


「じゃあ、今日のルアの仕事はここまでだな。ご苦労さん」


 その一言で、張り詰めていた肩の力がふっと抜けた。緊張が解け、胸の奥に柔らかい温かさが広がる。


「今日、一日働いてみてどうだった?」

「大変でしたけど……すごく楽しかったです。色んなお客さんと関わって、笑顔をもらえて……なんだか、ここにいていいんだって言ってもらえた気がして、とても安心しました」

「そうか……そう思ってくれたのなら、俺も嬉しい。大丈夫だ、ルアはここにいていい。いや、どこへ行ってもやっていけるさ。お前には人を思いやる力がある」


 その優しい言葉が、じんわりと胸に染み込んでいく。私はここにいてもいい。必要とされている。その実感が、静かに、でも確かに私を勇気づけてくれた。


「だから、明日もここに来て働いてくれないか? ルアがいないと、俺たちも困るし……お客さんだって寂しがるだろう」

「もちろんです! これからも、ここで働かせてください!」

「そう言ってくれて嬉しい。……じゃあ、これが今日のお金だ。受け取ってくれ」


 力強く返事をすると、ノットは安堵したように微笑み、ポケットから小袋を取り出して私に手渡した。私はそれを両手でしっかり受け取り、胸に抱くようにしてポケットへしまい込む。


「じゃあ、明日も楽しみにしているからな」

「はい! よろしくお願いします!」


 明日。その言葉が、胸の奥を温かく満たしていく。ノットに深々とお辞儀をして店を出ると、外はすでに夜の帳が降りていた。


 静かな街を、柔らかな月明かりが照らしている。銀色の光が道の先まで続き、まるで私を導くように輝いていた。


「ふふっ……また、明日」


 足取りは軽く、心は明るく。光る道の先には、きっとまた笑顔で迎えてくれる場所が待っている――。

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