40.忙しくなってきた(1)
「そいつがそう言うから呆れちまってさ。なあ、どう思う?」
「我儘な人ね。そういう人がいたら、ちょっと疲れちゃうかも」
「だろー? ルアはどう思う?」
「……そうですね。色んな考え方の人がいるんだなって、思いました」
「ははっ、ルアの考え方は大人びてるなあ」
料理ができあがるまでの間、私たちはお客さんと他愛もない雑談をしていた。これも接客の一つらしく、暇なときはなるべくお客さんの話を聞くように、とハリーさんに教わっていた。
この時間は、私にとってとても貴重で楽しいひとときだった。
スラムにいた頃は、普通の人たちがどんな風に暮らしているのかなんて、想像もできなかった。だけど、こうして笑いながら話を聞いていると、その暮らしぶりや日常が少しずつ分かってくる。
――こんな風に毎日を過ごしてるんだな。
知らない世界を少しずつ覗いているような、そんな気持ちだった。私もいつかスラムから抜けて、そんな暮しが出来るのだろうか?
そんなことを考えていた時――。
「おーい、出来たぞー!」
厨房の方からノットさんの声が聞こえてきた。私とハリーさんは顔を見合わせて、厨房に向かった。
「ほい。運んでくれ」
「はーい」
「分かりました」
厨房のテーブルには出来立ての料理が出来ていた。どれも美味しそうな匂いが漂っていて、匂いを嗅ぐだけでお腹が鳴りそうだ。
「じゃあ、ルアは半分ね。私はこっちを運ぶわ。札も置いておくから、忘れずに渡してね」
「はい!」
ハリーが料理と注文札をトレーに載せると、それを私に渡してくる。トレーを受け取った私は先ほどのお客さんの所へと戻った。
「お待たせしました。こちら、野菜のポタージュとステーキと黒パンになります」
そう言って、注文したお客さんの前に料理と注文札を差し出した。
「おっ。俺の注文だって分かってくれた?」
「はい、覚えました」
「そうか、そうか。そういうの地味に嬉しい。ちゃんと運んでくれてありがとな」
料理を差し出されたお客さんはそれだけで嬉しそうな顔をした。その顔を見ると、私の胸も温かくなって、自然と顔が綻んでしまう。
「ごゆっくりおすごしください」
そう言って、離れようとした時――扉が開いた。
「あっ、いらっしゃいませ!」
ぱっと顔を上げて声をかけると、今度は三人のお客さんが連れ立って店内に入ってきた。
「空いているお席にどうぞ、お座りください」
「おう。……ん? 今日はちっこいのがいるな?」
「はい! 今日から働き始めました。ルアと言います。よろしくお願いします!」
「へぇ、この店も新しく店員を入れたのか。いい判断だな」
「ハリーだけじゃ手が回らなかっただろうしな。ちょっと寂しかったもんな」
短い挨拶のあと、お客さんたちはそれぞれ好きな席に腰を下ろした。そのとき、水を載せたトレイを持って、ハリーがタイミングよく近づいてくる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「おう。俺は肉のスパイス漬けと黒パンを頼む」
「俺は肉のワイン煮込みと黒パン」
「じゃあ……ステーキと黒パンと、あと野菜のポタージュも」
「かしこまりましたー」
笑顔で注文を受けていくハリー。まったく無駄がなく、受け答えも自然で、動きにも一切の迷いがない。まるで流れるように仕事をこなしていて、その姿はまさにプロだった。
――すごい……。
ただ接客しているだけなのに、まるで舞台の上で演じているみたいに見える。お客さんも、安心したように笑っていた。こんな風にできたら、きっと誰にでも信頼されるはずだ。
私も、いつか――あんな風になりたい。胸の奥に生まれた憧れを感じながら、私はそっとハリーの背中を見つめていた。よし、次は私が注文をとろう。
そう思っていると、また扉が開いた。
「いらっしゃいませ! 空いているお席にどうぞ!」
元気よく声をかけると、入ってきたお客さんたちはふっと笑顔を浮かべてくれた。
「今日は元気な子がいるわね」
「ふふっ、可愛い。今日からかしら?」
「はい。ルアって言います。今日からこちらで働いています。よろしくお願いします!」
「ルア、可愛い名前ね」
明るい雰囲気のまま、お客さんたちを席までご案内する。軽く会話を交わすだけで、緊張もほぐれて、自然と笑顔になれた。
そのまま厨房へと向かい、水をトレーに載せて、席へ戻る。
「お水をどうぞ。ご注文はお決まりですか?」
「そうねぇ……私は野菜のポタージュと肉のスパイス漬けをお願い」
「私は野菜のポタージュとステーキで」
「私は……肉のワイン煮込みと黒パンが食べたいわ」
「かしこまりました。野菜のポタージュが二つ、肉のスパイス漬けが一つ、ステーキが一つ、肉のワイン煮込みが一つ、黒パンが一つですね」
「まぁ、繰り返してくれるなんて丁寧ね。ありがとう、それで大丈夫よ」
「ありがとうございます。では、少々お待ちくださいませ」
注文の確認もばっちり。お客さんの微笑みに、胸が温かくなる。ちゃんと接客できている――そんな実感が、自信に変わっていくのを感じていた。
すぐに厨房へ向かい、注文をノットさんに伝える。
「野菜のポタージュが二つ、肉のスパイス漬けが一つ、ステーキが一つ、肉のワイン煮込みが一つ、黒パンが一つです」
「了解。順に出していくから、できたら呼ぶぞ」
ノットさんは軽く返事をしながら、手際よく調理を続けていく。その姿はまるで職人のようで、見ているだけで頼もしさを感じた。
「ごちそうさまー」
「お会計お願いしまーす」
ふとホールから声が聞こえ、最初に入ってきたお客さんたちが席を立った。
――ええと、お会計はハリーさんが担当だから、私は後片付けをすればいいんだよね。
そう確認しながら、私はトレーと布巾を手に取り、ホールへ戻る。
入口近くのカウンターでは、ハリーが笑顔でお客さんと対面し、お会計をしていた。その姿は落ち着いていて、とても頼りがいがある。
私はその間にテーブルの片付けに取りかかる。食器を丁寧にトレーに載せて運び、空になったテーブルを布巾で拭いていく。汚れが残らないよう、角までしっかりと。
――綺麗になった。よし。
そう思った瞬間、店の扉が再び開いた。思わず顔を上げ、自然と声が出る。
「いらっしゃいませ! 空いているお席にどうぞ!」
次から次へとお客さんが来てくれる。どうやら、ここからが本番らしい。
胸が高鳴ると同時に、背筋がしゃんと伸びる。さあ、忙しくなるぞ――!
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