39.開店!
「そっちの調子はどうだ?」
ハリーと一緒に接客の練習をしていると、ノットさんが様子を見にやってきた。少し心配そうな顔をしているが、その不安を吹き飛ばすように、ハリーが明るく答える。
「良い感じよ! ルアなら、ちゃんと接客できると思うわ」
「そうか、それはよかった。じゃあ、そろそろ開店しようか。ルア、準備は大丈夫か?」
「緊張してますが、大丈夫です。ハリーさんに、いろいろ教えてもらいましたから」
「それは頼もしいな。よし、じゃあ開店だ」
「はーい。ルア、ちょっと来て」
とうとう開店の時間だ。胸がドキドキする中、ハリーについて店の外へ出る。扉の横に置かれていた看板を持ち上げ、それをお店の前に立てかけた。
「開店の合図は、この看板を出すこと。覚えておいてね」
「はい、分かりました」
「じゃあ、中に戻ってお客さんを迎えましょう」
簡単な開店の説明を受けて、私たちは店内に戻った。ホールの中央に立ち、お客さんが来るのを待つ。胸の鼓動が早くなる。最初の一言を噛んでしまいそうだ。
「ふふっ、ルアちゃん緊張してる? 大丈夫よ。お客さんはみんないい人だから、少しくらいの失敗は笑って済ませてくれるわ」
「いえ、それでも気は抜けません。最初が肝心だと思うので」
「真面目ね~。でも、その気合い、とっても頼もしいわ」
そう、最初がすべての鍵を握っている。ここでつまずけば、後の自信にも影響しかねない。だからこそ、深呼吸をして心を落ち着かせる。
――そのとき、扉が静かに開いた。
「いらっしゃいませ!」
やった、ちゃんと言えた! その事に感動していると、お店に入ったお客さんたちはこちらを見てきた。
「よぉ、ハリー。また、来たぞ」
「はーい、いらっしゃい」
「……見慣れない子がいるな」
お客さんはハリーに声を掛け、次に私に視線を向けてきた。これは、自分を紹介するチャンス?
「あの……今日から働くことになりました、ルアです。よろしくお願いします」
ハキハキとした口調で話し、深々とお辞儀をした。こ、こんな感じでどうかな? ドキドキしながら待っていると――。
「へー、そうなのか! こちらこそ、よろしくな!」
「こんな別嬪さんに接客されるのは悪くないな!」
お客さんは笑って受け入れてくれた。スラムの人間の私が普通の人と会話が出来る、その事だけでも凄い事だ。ちゃんとした言葉使い、態度、服装をしていれば問題はないんだ。
「空いているお席にお掛けください。今、水をお持ちします」
「なら、ここにするか」
「いいね」
さらに声を掛けると、お客さんは一つの席に座ってくれる。私はそれを確認すると、厨房に向かった。棚に置いてあったコップを手にして、水瓶からコップに水を入れる。
水の入ったコップをトレーに載せるとお客さんの下へと向かった。
「お待たせしました、お水です」
「注文いいかい?」
「はい、どうぞ」
「じゃあ、野菜のポタージュとステーキと黒パンで」
「俺は具沢山スープと肉野菜炒めと黒パンで」
「えーっと、注文を繰り返します。野菜のポタージュお一つ、ステーキお一つ、具沢山スープお一つ、肉野菜炒めお一つ、黒パンお二つでよろしいですか?」
そう確認すると、お客さんたちは少し驚いたように目を丸くした。
「へぇ、注文を繰り返してくれるのか。分かりやすくていいな」
「間違いも起きなさそうだし、安心だな。それでいいよ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
どうやら、この世界では注文を繰り返すのは珍しいらしい。思わず前世の記憶にあるやり方をそのままやってしまったけれど、好評だったようで安心した。
私は丁寧にお辞儀をして、席を離れ厨房へ向かった。
「ノットさん、注文です」
「はいよ!」
「野菜のポタージュ一つ、ステーキ一つ、具沢山スープ一つ、肉野菜炒め一つ、黒パン二つです」
「了解。出来上がったら呼ぶから、それまでホールで待っていてくれ」
「分かりました」
注文を伝え終え、私は再びホールへ戻る。すると、ハリーがぱっと明るい笑顔で駆け寄ってきた。
「ルア、今の接客、完璧だったわよ! 笑顔も言葉づかいも態度も、全部満点!」
「ほ、本当ですか!? 何か直すところとか、ありませんでしたか?」
「ううん、何もないわ。自信を持って。この調子でお願いね」
「……はいっ!」
胸の奥が温かくなっていく。ハリーの言葉に、心がじんわりと満たされていくのを感じた。頑張って練習したことが伝わって、ちゃんと役に立てた。そんな実感が、体の芯からじんわり広がっていく。
褒めてもらえるって、こんなに嬉しいんだ――。
自然と口元がほころび、思わず笑みがこぼれてしまう。うん、大丈夫。この調子で、もっと頑張れる気がしてきた。
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