35.歓迎
「なんだって? 新しい仕事が決まった?」
仕事を終えて、煤を水で洗い落とした後、私はトレビに報告した。すると、急に真剣な顔になり、私の肩を掴んできた。
「それ、本当に大丈夫な仕事かい? 騙されてるんじゃないだろうね?」
「はい。煙突掃除で伺った飲食店の店主に声をかけてもらいました」
「仕事内容はちゃんと聞いたのかい? 重労働だったり、過酷な条件だったりしないだろうね?」
「調理の補助と掃除、それから配膳だそうです」
「……なるほど」
トレビは腕を組み、少し難しい顔をして考え込む。そして、しばらくの沈黙のあと――。
「それなら、大丈夫そうだ。店主は、良さそうな人だったのかい?」
「はい。とても親切でした。私の働きぶりを見て、声をかけてくれたんです」
「ふむ、ルアの働きぶりを見て……それなら信用できるかもしれないね」
どうやら、トレビはずっと私のことを気にかけてくれていたらしい。色々と問いかけたあと、ようやく納得したように、ふっと柔らかく笑った。
「世の中には、条件の悪い仕事を子どもに押し付けるような奴もいるからね。でも、今の話を聞く限り、今回は大丈夫そうだ」
「はい。店主さんも、私のことを心配してくれました」
「ルアのことを心配してくれた、か。それなら、きっと信じていいだろう」
トレビはようやく納得がいったように頷いた。トレビが大丈夫だっていうのなら、きっと大丈夫だろう。
すると、トレビが声を張り上げて子どもたちに呼びかけた。
「おい、みんな! ルアに新しい仕事が決まったみだいだよ。みんなで祝ってやりな!」
その声を合図に、子どもたちは「えっ?」と驚いたあと、すぐに笑顔になってワッと私のまわりに集まってきた。
「新しい仕事って本当? すごいじゃん、ルア!」
「おめでとう!」
「ちょっと寂しくなるけど……新しい場所でも、頑張ってね!」
みんなが口々に言葉をかけてくれる。明るく、まっすぐなその声が胸に響いて、思わず胸の奥が熱くなった。
そんな中、一歩前に出てきたのはオルガだった。
「ルア、よかったな。新しい職場でも、しっかりやれよ」
「オルガ……。今まで、本当にありがとうございました」
「気にすんな。こっちこそ、お前にはずいぶん助けられたからな」
そう言って、オルガは少し照れくさそうに、でもどこか誇らしげに笑った。ぶっきらぼうだけど優しいその笑顔に、胸がぎゅっとなる。
仲良くしてくれた子と別れるのは、やっぱり辛い。でも――きっと、オルガも同じ気持ちだ。
だから私は、少しでも笑顔で別れられるように、顔を上げて言葉を伝えた。
「ここでの仕事は、一生忘れません。本当に……ありがとうございました」
私の言葉に、まわりの子どもたちが一斉に笑顔で声をかけてくれる。
「がんばってね、ルア!」
「また顔出してよ!」
「絶対、いい仕事場になるって!」
温かい声に包まれて、私は何度も何度もうなずいた。
寂しさはある。ここで過ごした日々は、簡単に消えるものじゃない。だけどそれでも、私は前を向いて歩いていく。
これまでの仕事があったから、今の私がある。あの店で、もっと学んで、もっと成長して……いつか胸を張って、成長した自分の姿を見せにきたい。
そう思いながら、私は軽く手を振って家を出て行く。その手に、みんなが笑顔で応えてくれた。
◇
翌日の昼過ぎ、私は指定された時間にお店を訪れた。店主から「昼食が終わった頃に来てほしい」と言われていたのだ。
扉を開けて中に入る。
「すみません……」
「あら? お客さんかしら? でも、もう昼食の提供は終わってるはず――」
カウンターの奥から声をかけてきたのは、明るい印象の女性だった。だが、私の姿を見た瞬間、その女性は言葉を止めた。
数秒間、お互いに見つめ合う。沈黙が流れたあと、突然、彼女がパッと声を上げた。
「わかった! もしかして、ここで働くって子じゃない? ね、そうでしょ?」
「えっ、あ……はい、そうです」
「やっぱり! 気づくのが遅れちゃってごめんね。私はハリー。このお店で働いてるの。よろしくね!」
彼女はにこやかに手を差し出してきた。私も思わず笑みを浮かべて、その手を握る。
「ノットさーん、新人さんが来ましたよー!」
ハリーが厨房の奥に向かって声をかけると、数秒後に見覚えのある姿が現れた。店主のノットさんだ。
「おー、来たか! ルア、ようこそ《獅子の大皿亭》へ。これからよろしく頼むぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
「じゃあ昨日言った通り、まずはハリーと一緒に服と靴を買ってきてくれ」
「ふふっ、こんな可愛い子の服選びができるなんて、ちょっと得した気分。さ、行きましょっか!」
「は、はい!」
ハリーに手を引かれるようにして、私はお店を後にした。
少し緊張していたけれど、普通に歓迎されてホッとして胸の奥があたたかい。ここでの新しい生活が、きっと始まる。
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