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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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30.過重労働(1)

「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


 元気よく家に入る。いつもなら朝食の匂いや食器の音、にぎやかな声が響いているはずなのに、今日はやけに静かだ。――いや、まったく音がしないわけじゃない。カチャカチャと装備を整える金属音がしている。


 朝ごはんの時間なのに、どうして? 不思議に思いながら奥へ入っていくと、子どもたちが慌ただしく身支度をしている場面に出くわした。


 何かあったのかと声をかけようとしたとき、先にトレビのほうから声をかけられる。


「お、ルアか。おはよう。悪いけど、急いで準備してくれないか」

「えっ、何かあったんですか?」

「役所から連絡が来てね。今日の担当地区が急きょ増えたんだ。どうやら全体の煙突掃除の進みが悪くて、そのしわ寄せがうちに来たみたいでさ」

「じゃあ、今日の掃除、いつもより多くなるんですね……」


 担当地区が増える事なんてあるんだ。そう不思議に思いながら、私は自分の装備を整えていく。


 そして、装備が整い終えるとトレビの前に整列した。


「みんなにはもう伝えたけど、今日の担当地区が増えた。だから、一人あたり六つ、もしかすると七つの煙突を担当してもらうことになる」


 その言葉に、私を含めて子どもたちからどよめきが上がった。


 いつもは四つ、多くても五つ。それだけでもきついのに、今日はさらに一つ、いや二つも増えるなんて……。


「今日は厳しい作業になる。自分の体調にはしっかり気をつけて、早く、でも丁寧に仕事を終わらせること。いいかい、こういう時こそ周りに目を配りな。体調を崩す子が出てくるかもしれない」


 トレビの声が、いつもより硬い。


 無理もない。煙突の中で体調を崩したら、自力で出てくることは難しい。最悪の事態だってありえる――そう思うと、背筋に冷たいものが走った。


「自分の体を大事にしながら、仲間のこともちゃんと見てやるんだ。そして……体調が悪くなったら、迷わず休むこと。命の方が大事だ。けど、それでも……仕事はちゃんとやってもらう」


 最後の言葉に、子どもたちの表情が少し曇る。


 命が大切だと言った直後に、それでも仕事はしろという矛盾。どう受け止めればいいのか、戸惑う気持ちが空気に滲んでいた。


 でも、私は気づいた。トレビ自身も戸惑っている。


 本当はこんなこと、言いたくないのだ。だけど、管理する立場として、言わなければならない。厳しくあらねばならない――それがトレビの責任なのだ。


 無茶だ。けれど、誰もそれを責めることはできなかった。


「じゃあ、現場に急ぐよ。一分も無駄に出来ない」


 そのトレビの声で私たちは駆け足で家を飛び出していった。


 ◇


 担当地区に到着すると、私たちは手際よく家主に挨拶を済ませ、すぐに屋根へと登った。


 いつもなら、朝の空気を吸いながら一息つくのが日課になっている。けれど、今日はそんな余裕はない。


 屋根に上がると同時に煙突へと近づき、フックに縄をしっかりと結びつける。そして、布で口元を覆ってから、ためらわずに煙突の中へと身を滑らせた。


 狭く、煤だらけの煙突の中で、私は素早くブラシを手に取り、内壁を擦り始める。いつもより数が多い分、作業は急がなければならない。だけど、急ぎすぎて擦り残しがあれば意味がない。だから、素早く、でも丁寧に。思いのほか神経を使う作業だった。


 始めのうちは調子が良かったが、時間が経つにつれ、腕も背中も徐々に重くなってくる。汗が顔を伝い、布の内側が息苦しくなってきた。


 今日は六つ、もしかしたら七つの煙突を掃除しなければならない。午前中に三つ、午後に残りの三つか四つ――そんな配分で動かなければ、体がもたない。


 でも、手を抜けばすぐにバレる。煙突の中で体調を崩せば、自分だけでなく、救助に来た誰かの命も危うくなる。


 自分の体力を管理するだけじゃない。周りの子の様子にも目を配らなきゃいけない。今日みたいな無理を強いられる日は、必ずと言っていいほど体調を崩す子が出ると言っていた。


 だから、集中しながらも気を配る。油断も、見落としも、絶対に許されない。今日は疲れる一日になりそうだ。


 ◇


「ぷはぁっ!」


 煙突から顔を出した瞬間、私は布を外して大きく息を吸い込んだ。体中に溜まっていた酸素不足と疲労が、一気に押し寄せる。震える手で煙突の縁を掴み、なんとか体を引き上げる。


 屋根に着地したが、足元がぐらつき、思わず片膝をついた。視界がにじむ。


 ――これで三本目。すでに体力は限界に近い。


 けれど、あと三本か、もしかしたら四本。まだ終わりじゃない。考えれば考えるほど、胸の奥が重くなる。でも、やるしかないのだ。


 布に包まれたサンドイッチを取り出し、むせそうになりながら流し込む。昼休みを取る余裕なんてない。少しでも早く終わらせなければ――。


 梯子を下り、新しい家の軒先に向かおうとしたその時だった。


 ふと目に入った路地の隅で、誰かがぐったりと座り込んでいた。私は思わず駆け寄る。見覚えのある顔だった。同じ煙突掃除をしている子――年下の、まだ細い腕のあの子だ。


「大丈夫ですか!?」


 その子は、弱々しく私を見上げて答えた。


「ちょっと、体調が悪くて……。休めば、良くなると……思う……」


 額には汗。顔色も悪い。明らかに無理をしている。


「……そうですか。今は無理しないで、しっかり休んでください」

「ごめん……仕事、増やしちゃうかも……」


 その言葉に胸がぎゅっとなった。でも、私はすぐに首を横に振る。


「大丈夫ですよ。体が一番大事ですからね」


 笑顔を見せようとしたけど、口元が少しだけ引きつった。でもそれでも、その子はほっとしたように目を閉じた。


 ――私がやらなきゃ。今日だけは、無理してでも。


 そう決めて、私はまた屋根を見上げた。空はまだ明るい。太陽はまだ、私たちを見下ろしている。

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