27.煙突掃除の終わり
夕日に染まる石畳を軽やかに跳び越えながら、私たちは家へと戻っていく。煙突掃除をやりきった達成感と解放感で、みんなの顔には明るい笑顔が浮かんでいた。
だけど、その姿はと言えば――髪も服までも煤で真っ黒。誰もかれも、まるで炭の精みたいだった。そんなおかしな姿に気づくと、自然と笑いがこみ上げてくる。お互いの顔を見ては、くすくすと笑い合った。
そうして、肩を寄せ合いながら通りを歩き続けると、家の扉が見えてきた。扉の前には、腕を組んだトレビが立っていて、どこか楽しそうにこちらを見ていた。
みんなが揃って「ただいまー!」と声を上げると、トレビは満足げにニカッと笑ってうなずいた。
「はい、おかえり。じゃあ、まずはその煤まみれの身体をどうにかしてこい」
その一言に、みんなは「はーい!」と元気よく返事をして、家の中へと駆け込む。使い終わった道具をそれぞれ決まった場所に戻すと、すぐに裏手の扉を開けた。
扉の向こうには、井戸が据えられた中庭が広がっている。夕暮れの柔らかな光が差し込んでいて、とても綺麗だ。
子供たちは井戸に駆け寄ると、桶を井戸の中に沈めて水を汲む。そして、その水を容赦なく頭にぶっかけた。
「ひゃー、冷たいっ!」
「早く落とせー!」
「次だ、次ーっ!」
井戸のまわりで、子どもたちの声がにぎやかに響く。みんなキャッキャとはしゃぎながら、水を掛け合っていた。
そのたびに髪や肌にこびりついた煤が流れ落ちていき、真っ黒だった手足も元の色を取り戻していく。
「ほら、ルアも来いよ!」
「えっ、水をかぶるんですか……?」
「こういうのは気合いだ、根性!」
オルガに手を引かれて、私は井戸の前に立たされた。冷たい水を浴びるなんて、考えただけでも身震いしそう。
おそるおそる頭を下げた、その瞬間――
バシャッ!
「つ、冷たいっ!」
思わず叫び声が出た。頭から一気に水をかぶり、体がびくりと震える。
けれどそのあとすぐ、オルガが優しく髪に手を伸ばし、水をすくっては丁寧に洗ってくれる。
「よし、これで髪はきれいになったな。あとは手足だ、ほら」
「は、はい……」
恐る恐る手足も水でこすりながら、汚れを落としていく。
水は冷たいけれど、肌がすべすべしていくのがわかって、少しだけ楽しくなってきた。
「よーし、じゃあ着替えようぜ!」
「着替えたら夕飯だー!」
「私、お腹ペコペコ~!」
きれいになった子どもたちは、次々と笑顔で家の中へ戻っていく。
……私も、そろそろ行かないと。でも。着替え……私、持ってないんだった。
煤で真っ黒になった服を見下ろしながら立ち尽くしていると、不意に後ろから声がした。
「ほら、ルア。これを着な」
振り返ると、トレビが一組の服を差し出していた。少し古びてはいるけれど、しっかり手入れされたきれいな服だ。
「これは……?」
「スラムに住んでるって聞いたからね。どうせ着替えなんて持ってないだろう? これはおさがりだけど、まだ十分使える。さすがにそのままじゃ寒いし、なにより居心地悪いだろ」
その言葉に、胸の奥がふっと温かくなる。私はぎゅっと服を抱きしめ、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「あっ、トレビ! ルアに水筒を渡してやってくれないか? 今日、水筒がなくて大変だったみたいなんだ」
「おっと、それは気づかなかったな。水もろくに飲めずに、一日中働いてたのかい?」
トレビは少し驚いた顔をして、すぐに家の中へ戻った。そして、間もなく中庭に戻ってきて、一つの水筒を手渡してくれる。
「これを明日から使いな。水は自分で入れるんだよ」
「はい。ありがとうございます。本当に助かります」
「いや、こんなことぐらいしかしてやれなくてな……。本当なら、家に住まわせてやりたいんだけど、もういっぱいでね」
「いえ、こうして働かせてもらえるだけでも、十分ありがたいです」
服をもらえただけでも十分ありがたかったのに、水筒まで渡されるなんて。私にとっては、それだけでも贅沢すぎるほどのことだった。胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
「そうだ! 大事な話を忘れてたよ」
「大事な話……ですか?」
不思議に思って聞き返すと、トレビはニカッと笑った。
「今日の報酬だよ。いくつ、煙突を掃除したんだい?」
「今日は……四つ、です」
「なら、報酬は三千二百セルトだね。ほら、受け取りな」
そう言って、トレビは銅貨と小銅貨を手渡してきた。私は思わず、その硬貨を見つめてしまう。
銅貨を……もらえた。
今までは小銅貨だけだったのに、今日はちゃんと銅貨が含まれている。少し震える手でそれを受け取りながら、胸の奥がじんと熱くなる。
仕事は確かにきつい。でも、こうして頑張った分だけ、ちゃんと報われる。その実感が胸にじんわりと広がって、たまらなく嬉しかった。
「どうだい。明日もやれそうかい?」
トレビの問いかけに、私は力強くうなずいた。
「はい! やれます!」
「よし、なら明日も同じ時間に来な。仕事、用意しといてやる」
「……はい! よろしくお願いします!」
自然と背筋が伸びて、声にも力が入った。明日もまた、頑張ろう。そう素直に思えた。
お読みいただきありがとうございます!
面白い!続きが気になる!応援したい!と少しでも思われましたら
ブックマークと評価★★★★★をぜひよろしくお願いします!
読者さまのその反応が作者の糧になって、執筆&更新意欲に繋がります!




