表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/71

24.煙突掃除(5)

「ぷはぁっ!」


 煙突から顔を出し、縛っていた布を外した途端、思い切り息を吸い込んだ。重たかった空気とはまるで違う、新鮮で涼しい風が肺いっぱいに広がっていく。ひどく暑くて息苦しかった分、その一呼吸がたまらなく心地よい。


「お疲れさん。ほら、縁に座れよ」


 すぐ近くから声がかかり、顔を向けるとオルガが片手を伸ばしていた。私はゆっくり体を持ち上げ、煙突の縁に腰を下ろす。


 すると、目の前に差し出されたのは一つの水筒だった。


「暑くて大変だっただろう? 水を飲んで、元気出せ」

「ありがとうございます」


 私は両手で水筒を受け取り、すぐに口をつけた。ひとくち含んだその瞬間――少し冷たい水が喉をすうっと滑り降りていく。汗だくの体に、水が染み渡るような感覚が広がっていく。まるで、全身がじわじわと冷やされていくみたいだった。


 もう一口。さらにもう一口。


 飲めば飲むほど、火照った体が少しずつ軽くなっていく。喉の渇きが癒え、焦げた煤の味が洗い流されるようで――思わず、小さくため息が漏れた。


「……生き返る、ってこういうことですね」


 自然とこぼれた言葉に、オルガが笑う。


「だろ? 使用後の煙突掃除は地獄だからな。まあ、ここまで乗り切ったんなら大したもんだ。よくやったな」


 そう言いながら、オルガは私の頭を優しく撫でてくれた。


 その手の温もりが、不思議と胸の奥まで染み渡っていく。褒められることなんて、これまでほとんどなかったから――その言葉は何倍にもなって嬉しく感じられた。


「……ありがとう、ございます」


 声が自然と、少しだけ震えた。


「とにかく、無理はするなよ。ダメだと思う前に、ちゃんと止める。それを覚えなきゃいけない」

「……はい」

「ルア、さっき俺が声かけなかったら、まだ中で作業を続けてただろう?」


 図星だった。思わず黙り込み、私は小さくうなずいた。


「それが一番危ない。自分の限界を見極めて、自分で止まる。それができないと、誰かが困ることになる。自分だけじゃなくて、周りにもな」


 静かな口調だったけれど、その言葉には鋭い芯があった。


 そうだ。無理をして倒れてしまったら、仕事どころか、みんなに迷惑をかける。少し遅くなっても、しっかりと休む。それが、ちゃんと働くってことなんだ。


 今回のことで、自分の限界が少し分かった気がする。だから次は、ちゃんと体力が残っているうちに、自分で判断しよう。


「この仕事は厳しいからな。月に何人かは体調を崩すし、煙突の中で気を失うやつもいる。俺がこの仕事を始めて、もう二年になるけど……その間に、命を落とした子だっていた」

「……死んだ子も」


 その言葉が、思っていた以上に重く響いた。私の胸の奥に、冷たいものがすっと落ちていく。


「だから、ちゃんと休め。これは命のための仕事だ。トレビは厳しいが――命にかかわる場面なら、必ず許してくれる。だから怖がらずに、休むって選択をしていい」


 オルガの声は、まっすぐだった。脅すためでも、同情を誘うためでもなく、本気で私を守ろうとしているのがわかる。


 もし、あの時にオルガが止めてくれなかったら……。私は、きっと、煙突の中で――。


「……はい。わかりました」


 私は水筒をぎゅっと握り直し、もう一度、小さく頷いた。

 

「よし、いい子だ。この煙突掃除が終わったら、昼ごはんを食べよう。それまで、頑張れるな?」


 オルガの声は優しく問いかけてくれた。


「大丈夫です!」


 私はきっぱりと返事をする。まだ体は重いし、手も少し震えているけれど、それでも頷けた。


「なら、十分に休憩したし、続きをするぞ。この調子だと、もう一回は休憩を挟んだほうがいい。そのことを頭に入れて、働いてくれよ」

「はい!」


 オルガはそう言い残して、ひょいっと軽い動きで煙突の中へ姿を消した。すぐに、あの擦る音がかすかに聞こえてくる。


 私はもう一度、深呼吸をしてから立ち上がった。空を見上げると、陽射しがじりじりと照りつけている。だけど、風は少しだけ涼しくて、心地よかった。


 気を引き締め直して、自分の持ち場である煙突の縁にしゃがみ込む。そして、慎重に足を滑り込ませて、再び暗く狭い煙突の中へと体を沈めていった。


 もうひと頑張り。がんばれ、私。

お読みいただきありがとうございます!

面白い!続きが気になる!応援したい!と少しでも思われましたら

ブックマークと評価★★★★★をぜひよろしくお願いします!

読者さまのその反応が作者の糧になって、執筆&更新意欲に繋がります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ツラい。。。まさかの、主人公の煙突掃除! 煙突って、こんなに怖いものだったとは。。 サンタさんて、恐ろしく強靭だったのだな!!
子供たちが無事に煙突掃除を終えられますように…。 夢中で読んで追いついてしまいました。 インフルエンザでお休み中に、良い出会いが出来ました。 ( ̄^ ̄)ゞ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ