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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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19.煙突掃除の注意事項

 家を飛び出して、みんなで通りを歩いていく。とても賑やかな一団で、通りすがりの人たちは、どこか微笑ましそうにその様子を見守っていた。


「じゃあ、ルア。歩きながら説明するから、ちゃんと聞いておきな」


 隣にやってきたトレビが軽く肩を叩きながら話し始める。


「まずは仕事の報酬のことだ。一つの煙突につき、八百セルト。普通にやれば、一日四つか五つは回れる。つまり、一日に三千二百から四千セルトの稼ぎになるってわけさ。それで納得いくかい?」


 私は一瞬、耳を疑った。ゴミ捨ての仕事のときは、一日で千二百五十セルトだった。単純に考えて、今回の仕事はその二倍以上で、三倍くらいの報酬になる。


「そ、そんなにもらっていいんですか?」


 驚きの声を上げると、トレビの顔が険しくなった。


「なんだい、ガルドの野郎、そんなに安く使ってたのかい? まったく……あいつ、ちゃっかりしてるねぇ」


 忌々しげに吐き捨てたあと、トレビはふっと表情を緩めた。


「ま、とは言ってもね、これでも報酬は安い方なんだよ。言っとくけど、私はあんたから搾取しようとしてるんだからさ。いい職場だなんて思わないことだね」


 その言葉に少し驚いた。搾取するなら黙っていたほうが得だと思うのに、なぜわざわざそんなことを言うんだろう。


「だから、もし将来、もっといい仕事に就けるようになったら、遠慮せずにさっさと出ていきな。そっちの方が、あんたのためだからね」

「……そうなんですか?」

「そうとも。あの子たちだって、ちゃんと働ける年齢になったら、家から出ていくことになってる。それまでは、私がしっかりこき使うってわけさ」


 口ぶりだけ聞けば、いかにも意地悪で搾取するように聞こえる。だけど私は、そうは思わなかった。


 小さな孤児たちを受け入れて、育てながら仕事を教え、独り立ちできるまで面倒を見る。そんなこと、心がなければ到底できない。


 だから私は、トレビのことを「悪い人」だとは感じていない。本人は冗談めかして悪役ぶっているけれど、私の目には、ちゃんと子供たちを守ってくれている大人に映っていた。


 この人の下なら、私はちゃんと働ける。そう、確信めいた気持ちになった。


「報酬面はこんなもんだね。じゃあ、次に煙突掃除について説明するよ。と、言っても掃除のやり方はオルガに聞いておくれ。今日は一日、オルガについていって仕事を覚えるんだ」

「はい、分かりました」

「で、ここからは気を付けて欲しい事なんだけど……。ちょっと腕を見せておくれ」


 言われた通りに、私は腕をまくってみせた。すると、自分でも驚くほど細い腕が露わになり、少し恥ずかしさがこみ上げる。


「ふむ、それくらいか……」


 トレビが腕を見て、短く唸った。


「何を確認してるんですか?」

「痩せてるかどうかを見てるのさ。この仕事は、体が軽くて小さいほど有利なんだ。でもな、それだけじゃダメでね。ちゃんと体力と筋力もなきゃいけない。ひょろひょろで力もないんじゃ話にならないからね」


 体が小さい方がいいけど、同時に体力も必要――。言われていることはちょっと矛盾しているようにも思えるけど、煙突の中を動き回る仕事だと考えれば、納得はできる。


「だからね、食事は控えめにしておきな。食べ過ぎると、それだけ成長が早くなって、体が大きくなる。そうなると、煙突に入りづらくなるんだよ。でも、あんたの体を見る限りは、今のところ問題なさそうだ。とにかく、お腹いっぱいに食べるのはやめておきな」


 そうか……この仕事を続けたいなら、たくさん食べないほうがいいのか。食べれば栄養になって、それだけ成長も早まる。体が大きくなれば、煙突には入れなくなる――つまり、仕事ができなくなるってこと。


「わかりました。控えめに食べます」

「よし。でも、だからって何も食べないのはダメだよ。空腹は大敵さ。力も出ないし、集中力も落ちる。ほどほどに食べる、ってのが一番だ」


 トレビの言葉には、厳しさと同時に気遣いも感じられた。それだけで、仕事のしやすさが違う。


「最後に気をつけないといけないのは、呼吸だよ」


 そう言いながら、トレビは私の首元を指差した。


「首に巻いてる布があるだろ? あれは口元を覆って、煤や埃を吸い込まないようにするためのものなんだ。でもな、煙突の中ってのは空気が薄い。そこにさらに布で口をふさいだら……どうなると思う?」

「……息ができなくて、苦しくなる、ですか?」

「そうさ。息がうまくできないと、すぐに頭がぼんやりしてくる。意識が混濁して、あっという間に気を失う。実際に、それで倒れた子たちは何人もいた。中には、そのまま……戻ってこられなかった子もいる」


 言葉の重みが、胸にずしりとのしかかる。


「もし家の人が、掃除が終わったと勘違いして火を入れたら? 中に子供が残ってるなんて気づかないまま、煙突の下から火を起こされるかもしれない――想像したくないだろう?」


 ゾッとした。煙突の中がそんなに危険な場所だなんて、知らなかった。息苦しいだけじゃなくて、命に関わる危険があるなんて。

 そんな場所で、体をねじ込みながら煤をこそげ取らなきゃいけないなんて――。


「だからね、息には本当に気をつけるんだよ。もし苦しいと感じたら、無理せず一度煙突から出て、外の空気を吸いな。大事なのは、ちゃんと自分の状態を見極めること。夢中になってると忘れがちだけど、それが一番危ないからね」

「……息をするために、煙突から出る……わかりました」

「よし、いい返事だ。ちゃんと言いつけを守るんだよ。命あっての仕事なんだからね。と、話していたら今日の地区に来たね」


 気がつくと、周囲は家が立ち並ぶ静かな住宅街だった。どうやら、今日はこのあたりの煙突を回るらしい。


「よし、それじゃあ仕事開始だ。オルガ、ルアの面倒を見てやっておくれ」


 トレビがそう言うと、子供たちはそれぞれ手慣れた様子で持ち場へと散っていった。言われなくても自分の役割を分かっているようで、さすがに慣れているんだなと思う。


 その中で、一人だけ残ったオルガが、こちらに近づいてきた。


「ルア、来い。仕事のやり方、教えてやるよ」

「はい、お願いします!」


 私は返事をして、オルガの後を小走りで追いかけた。いよいよ、煙突掃除の初仕事が始まる。

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