18.煙突掃除の子供たち
「じゃあ、ルアに紹介したい子たちがいるんだ」
そう言って、トレビさんは私を家の中へと招いてくれた。木の床がきしむ廊下を進んでいくと、奥のほうからにぎやかな声が聞こえてきた。
その声のする方へついていくと、壁のない吹き抜けの部屋に辿り着いた。暖かな陽射しが大きな窓から差し込み、部屋の中央には大きなテーブルとたくさんの椅子が並んでいる。その周りに、年の近そうな子供たちが十二人ほど、笑い合いながら食事を取っていた。
「お前たち、もう食ったかい?」
トレビさんが声をかけると、子供たちは一斉にこちらを向いた。そして、口の中の食べ物を慌ててかきこみ始めた。
「食べたー!」
「じゃあ、片づけな!」
「はーい!」
「俺がいちばーん!」
「あっ、ずるーい!」
子供たちは食器を手に立ち上がり、順番に台所の方へと運んでいく。それだけではなく、自分の皿やカップを、年長の子に教わりながら器用に洗い始めた。
その様子を見て、私は思わず感心してしまう。
「この子たちが、煙突掃除をする子たちだよ」
トレビさんが隣で静かに教えてくれた。
「全部、トレビさんの……お子さんですか?」
そう尋ねると、トレビは笑って首を横に振った。
「いやいや。みんな孤児さ。私が拾ってきて、一緒に暮らして、仕事を教えてるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。こうして拾われる子もいたことに感心をする。
「すごい……。みんな、元気で、楽しそうで……」
「もちろん大変なこともあるけどね。でも、しっかり働けば、ちゃんと食って、ちゃんと寝れる。そういう当たり前をこの子たちに教えているのさ」
トレビさんの目には、穏やかながらも力強い光が宿っていた。すると、食器を洗い終えた子供たちがこちらに近づいてきた。
「おーい、トレビー。このお姉ちゃん、だれー?」
そう声をかけてきたのは、顔にそばかすのある小柄な男の子だった。
「この子はルア。今日から掃除人の仕事を手伝ってくれるんだ」
「へえ! 新入りか!」
「ちっちゃーい!」
「スラムの子?」
子供たちが一斉にわっと私の周りに集まってくる。中には手を引いてくる子もいて、気づけば囲まれていた。
「ちょ、ちょっと、近い……!」
戸惑う私に、トレビさんが笑いながら声をかけた。
「ははは、すまんね。うちの連中は人懐っこくてな。けど、悪い子たちじゃない。すぐ仲良くなれるよ」
私は小さく頷いた。こんなに元気な子たちに囲まれて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
スラムの子供たちとは違う、穏やかな子供たち。
あのスラムの、空気の重たい路地裏。誰もが食べ物をを盗まれないように、常に周囲を警戒していた。目が合えば喧嘩に発展することもあったし、年上の子に目をつけられれば、それだけで毎日が地獄だった。
けれど、この子たちは違う。そんな、争いとは無縁のところで生きているお陰か、全然すれていない。
その時、私の服の袖を引っ張ってくる子がいる。
「ねえねえ、ルアっていくつ? ぼく、九歳!」
「私は十歳ですよ」
「わっ、年上だ!」
不意に出た返事に、周囲の子たちが「おおー」とどよめく。
「すごーい、お姉さんじゃん!」
「ほんとに? 小さく見えるのに!」
「でも、煙突掃除は新人だな!」
あっけに取られた。こんなふうに、まっすぐに言葉をかけられたのはいつ以来だろう。誰かが笑っている輪の中に、自分が自然と入っていくなんて……。
「ほらほら、お前たち。仕事の時間だよ! さっさと準備をしな!」
トレビさんが手を叩いて声を上げると、それまで騒がしく笑っていた子供たちが「えー、もう?」と名残惜しそうにしながらも、きびきびと立ち上がった。
そして、廊下を挟んだ向かい側――壁のない作業部屋のような場所へと移動していく。
その部屋には、金属の留め具がついた縄や、煤で黒ずんだブラシ、布が並んでいた。子供たちはまるで儀式のように、自分の装備を選び、慣れた手つきで体に縄を巻きつけていく。
ほんの数分もしないうちに手にはそれぞれの道具を持ち、布を首に巻いて廊下に整列していた。
呆気にとられて見ていると、トレビさんが私の方を振り向いた。
「ルアにも、ちゃんと装備をつけさせないとね。――おい、オルガ! ルアの準備を頼む!」
「はーい。ルア、こっち来て!」
私に最初に声をかけてくれた、そばかす顔の男の子オルガが駆け寄ってきて、自然に私の手を取った。
そのまま部屋の中へ連れていかれ、私はぎこちなく立ちながら、オルガが手早く縄を体に巻きつけていくのを見つめた。
「いいか、これは落っこちないようにするための命綱だ。まず、腰と胸のあたりにしっかり縛って、余った縄はこうして体に巻きつけておく。そして最後に、金具でガッチリ固定する。分かった?」
「は、はい。なんとなく……」
「なんとなくじゃ駄目。これ、命に関わるからな」
その真剣な言葉に、私は思わず息をのんだ。オルガは子供なのに、まるで大人のような表情をしていた。
「……分かりました。ちゃんと覚えます」
「うん、それでいい」
彼はふっと笑って、私の首に布を巻き、最後にブラシを一本手渡してくれた。
「これが今日の相棒。煤で真っ黒になるけど、がんばれよ」
「ありがとうございます」
道具を受け取る手に、少しだけ力が入った。どこか懐かしいような、けれど新しい感触。これは、私が生きていくための、新しい仕事。
「じゃ、整列ね!」
オルガにうながされて、私は列の最後尾に並んだ。みんなの背中が、まっすぐ前を向いている。なんだか、自分まで引き締まる気がした。
「よし、全員準備できたな」
トレビさんが列を見回し、大きく頷く。
「じゃあ、今日の担当地区に行くよ。気を抜くんじゃないよ!」
「「「はーい!!」」」
元気な返事が一斉に響いた。その中に、少し遅れて――でもしっかりと、私の声も混ざっていた。
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