17.新しい仕事
朝の日の光が差し込む中、私はドランと並んで歩きながら、ガルドの家へと向かっていた。
今日から、新しい仕事――煙突掃除が始まる。
昨日聞かされたばかりなのに、新しい仕事に向かって一歩を踏み出していることが、まだ少し信じられない。でも、胸の奥は不思議と静かだった。不安もあるけれど、それ以上に、「やってみたい」という気持ちが強かった。
ガルドが私の働きを見て、別の仕事を任せてくれた。そのことが、嬉しかったのだ。
煙突掃除は簡単な仕事じゃないと分かっている。暗くて狭い煙突の中に入って、煤を落とす。危険もあるし、何より大人にはできない仕事だ。だからこそ、ちゃんとやり遂げたい。役に立てるところを見せたい。そう、強く思っていた。
そんな私の胸の内を知ってか知らずか、隣を歩くドランが声をかけてくる。
「ルア、すごいな! 新しい仕事を任せられるようになるなんて。今まで頑張ってきたかいがあったな」
その言葉に、私は自然と笑みを浮かべてうなずいた。
「はい……頑張ってきて、本当に良かったです」
振り返れば、スラムで空腹に震えていた日々がすぐそこにある。でも、今は違う。働くことで生活が変わってきた。そして今度は、自分にしかできない新しい仕事に挑戦しようとしている。
不安は確かにあるが、それ以上にやる気に満ちていた。その気持ちのまま、私たちはガルドの家に到着した。
「よお、おはよう」
「「おはようございます」」
「じゃあ、ドランはゴミ捨てを頼む。今日から二か所で良いからな。そして、ルアには新しい仕事の紹介だったな。俺についてこい」
そう言って、ガルドは通りを歩き始めた。
「じゃあな、ルア。頑張ってこいよ」
「はい、ありがとうございます。お互いに頑張りましょう」
ドランに軽く挨拶をすると、私はガルドの後を追って行った。
◇
表通りを抜けて少し歩いたところに、ひときわ大きな家が建っていた。堂々とした造りで、煙突が屋根の上からいくつも突き出ているのが見える。あれが――今日から私が関わる場所だ。
ガルドさんは迷いなくその家の扉へと進み、軽く拳で扉を叩いた。
「おーい、トレビ! 連れてきたぞー!」
しばらくすると、ギィと重々しい音を立てて扉が開いた。中から現れたのは、がっしりとした体格の中年の女性だった。腕も太く、いかにも職人といった風情だ。
「やけに早いじゃないか、ガルド。あんたにしちゃ上出来だね」
「仕事をさせるためには、早起きもするもんだ」
「だったら自分で掃除もしてみたらどうさ? そっちのが早いかもよ?」
「そりゃご勘弁。楽ってのを覚えたらもう戻れねぇってもんよ。ま、それはともかく――今日はこいつを紹介しに来たんだ」
そう言って、ガルドさんは私の背をぽんと押した。前に出された私は、思わず少し緊張しながら女性の顔を見上げる。
トレビさんと呼ばれたその女性は、腕を組んだまま、じろじろと私を観察した。
「ふむ、身体は小さいね。煙突にはちょうどいいかも。あとは……力がどれくらいあるかだね」
「ゴミ捨てを毎日やってたんだ。体力はあるし、根性もあるぞ」
ガルドさんが自信たっぷりに言ってくれる。その言葉が、なんだかくすぐったくて嬉しかった。
「そいつは頼もしいね。じゃあ、約束通り、預からせてもらうよ」
「おう。じゃあ、紹介料をだな……」
「はいはい、今度たっぷり奢ってあげるよ」
「ちぇっ、やっぱりそうくるか。でもまぁ、任せるよ、トレビ。こいつは頑張る子だから、よろしくな」
そう言ってガルドさんは、私の頭を軽くぽんと叩いた。私は緊張しながらも、小さくうなずいた。
そして、ガルドさんは「頼んだぞ」とだけ言い残し、軽く手を振って立ち去っていった。途端にその場に残された私は、なんともいえない心細さに包まれた。
改めてトレビさんを見上げると、腕を組んだまま、じっと私のことを見下ろしている。特に何も言わないのに、その視線だけで圧を感じる。大人の威厳……風格というか。自然と背筋が伸びてしまうような威圧感があった。
胸がドキドキして、足元が少しだけぐらつく。けれど――ここで気圧されたら終わりだ。
私はぐっと気持ちを引き締めて、小さく拳を握った。そして、精一杯の声で言葉を届ける。
「あのっ……ルアって言います!」
思わず、声が少し裏返ってしまったけれど、構わず続けた。
「スラムで暮らしていますが、ご縁があって、今まではゴミ捨ての仕事をさせてもらっていました。それで……えっと、こちらの仕事も、全力でがんばりますので……っ、どうぞよろしくお願いします!」
声を震わせながらも、なんとか言い切った。続けて頭を深々と下げ、精一杯の誠意を込める。
今すぐに認めてもらえなくてもいい。だけど、ここでの第一歩を、悔いのないように踏み出したかった。
恐る恐る顔を上げてみると、トレビさんはしばらく私を見つめたあと――ふっと口元を緩め、ニカッと豪快に笑った。
「いいね、その心構え。やる気がある子は好きだよ。それぐらいの気持ちがなきゃ、この仕事は務まらないからね」
その声は力強く、どこか頼もしかった。
「よし、あんたをうちの掃除人として迎え入れるよ。今日からよろしくね、ルア」
その一言が、胸にじんわりと染みていった。嬉しさがどんどんこみ上げてきて、顔が笑顔になっていく。
「……はいっ!」
込み上げる嬉しさを抑えきれず、思わず大きな声が出てしまった。けれど、それを恥ずかしいとは思わなかった。ようやく、新しい場所に受け入れてもらえたのだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。緊張で強張っていた体が、少しずつほぐれていくのを感じていた。
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