16.ステップアップ
私たちのゴミ捨ての仕事は、順調に続いていた。一日に三か所のゴミを回収して捨て、それが終わればゴミ箱周辺の清掃に取りかかる。
ゴミを一つ残らず回収し、腐敗した液がこびりついた路地やゴミ箱を丁寧に洗い流す。どれも体にこたえる重労働だけれど、手を抜かず、毎日きちんとやり遂げた。
その成果として、ゴミ捨てで一日千五百セルト。清掃の仕事で五百セルトずつ、合わせて二千五百セルトが二人分の報酬として支払われる。一人あたり、千二百五十セルトだ。
これだけのお金が入るようになって、私たちの生活は目に見えて変わった。
一日三食、ちゃんと食べられる。空腹に怯える夜は、もう来ない。お腹が満たされると、体も安心するのか、夜ぐっすり眠れるようになった。ぐっすり眠れると、朝から体が軽く感じる。
それだけじゃない。
お金が少しずつ余りはじめたのだ。貯金ができるようになった。ほんの少しずつだけど、袋の中に貯まっていく硬貨を見るたびに、心がほっとあたたかくなる。
このお金があれば、今は我慢していることも、いつか叶えられる。たとえば――破れかけの服を買い替えられる。いつも冷たい石の地面を踏んでいた裸足に、靴を履かせることだってできる。
そんな未来を想像するだけで、胸がふわりと軽くなった。少しずつだけど、確かに生活は良くなっている。
働くことで、毎日が少しずつ変わっていく。つらいこともあるけれど、今の私は、あの頃よりずっと幸せだと胸を張って言える気がする。
このまま、少しずつ生活が上向きになってくれれば。そう思っていた時、ガルドから思いもよらぬ話を持ちかけられた。
「お前たち、毎日ご苦労さん。おかげで最近は、ゴミ箱からゴミが溢れ出すことがなくなった。それに、ゴミ箱の周辺も綺麗だと役所からも褒められてな」
いつものように仕事を終えて戻った私たちに、ガルドが笑いながら声をかけてきた。何か特別な話があるような、そんな雰囲気だ。
「それでな、今日話があるんだが。もう、一日に三回もゴミを捨てに行かなくてよくなった」
「えっ……それって、つまり……仕事が、減るってことですか?」
「ああ、そういうことになるな」
思わず言葉を失った。確かに、ここのところはゴミ箱が溢れることもなかった。私たちが毎日きっちり回収していたから、ゴミ箱にゴミが溜まりにくくなった。うまくいっていた。それは、きっと良いことだ。
でも――仕事が減るというのは、素直に喜べなかった。
これまで、必死で働いてやっと手にした安定した生活。空腹に怯えず、貯金まで出来るようになった今、その収入が減るかもしれないと思うと、胸がぎゅっと縮まる。
ガルドが一歩、私の前に出て、真っすぐな目で言った。
「だがな、仕事が減ればお前たちも食うのに困るだろう? 特にお前は、よく動いてくれるし頭も回る。だから、ルアに新しい仕事を紹介しようと思ってな」
「……私に、新しい仕事を?」
思ってもみなかった言葉に、胸の奥が驚きとともに震えた。まさか、仕事が減ることを気にしてくれて、それで――別の仕事を用意してくれていたなんて。
私はまだ、何も言えなかった。ただ、ガルドの真剣なまなざしと、その言葉の裏にある温かさを感じて、胸が熱くなるのを抑えられなかった。
環境が良くなった分、次の一歩を踏み出す時が来たのかもしれない。
仕事が減るのは確かに不安だけれど、そこで終わりじゃない。続けていけば、きっと道は開ける。ガルドの提案が、私にとって大きな転機になる予感がしていた。
「ルアに紹介したい仕事は――煙突掃除だ」
「煙突掃除……ですか?」
「そうだ。煙突の中に入って、壁にこびりついた煤をこすり落とす仕事だ。大人じゃ狭くて入れねぇからな。身体の小さい子供しかできねぇ。お前なら、ぴったりだろうと思ってな」
ガルドの声は冗談っぽく聞こえたけど、その目は真剣だった。
紹介されたのは煙突掃除。建物の中にある、暖炉や竈の煙を逃がすための狭い煙突。その中に入り、真っ黒にこびりついた煤を落とすという。
言葉だけ聞けば単純な作業に思える。でも、暗くて狭い空間の中を、体をよじって登ったり降りたりするのは簡単じゃないはずだ。息苦しさ、汚れ、落ちたら……そんな不安が頭をよぎる。
だけど、それでも。
「もし、ルアにその気があるんだったら、すぐに仕事を紹介してやる。どうだ、やれそうか?」
ガルドの声は、決して強制するものじゃなかった。むしろ、私の答えを待ってくれているような、そんな言い方だった。
私は少しだけ目を伏せて、自分の手のひらを見た。小さくて、汚れていて、でも今ではしっかりと力が入るようになったこの手で、私はゴミを拾い、掃除をして、生活を変えてきた。
簡単じゃなかった。だけど、働くことで変えられることがあると知った。
だから――怖くても、また前に進みたい。
「……やってみます。私に、できるかわからないけど……でも、やってみたいです」
そう言うと、ガルドは目を細めて笑った。
「いい返事だ。よし、それなら明日、仕事をしてる職人のところに連れてってやる。初めてだし、まずは見学からだ。慌てずに、自分のペースでな」
私はうなずいた。不安がないわけじゃない。でも、誰かに必要とされる仕事がある。それを、自分ができるかもしれないと思うと、心の奥がじんわりと熱くなる。
また、新しい一歩を踏み出す時が来たのかもしれない。
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