14.働くという事
ドランがスコップを使ってゴミを台車の箱に積み上げる。それを見届けると、私は一気に駆け出した。台車からゴミを取り出して、町の外に設けられた捨て場まで運んでいくのだ。
ゴミ捨て場は町の外れにある、小さなくぼ地。そこに集めてきたゴミ……古布や割れた陶器、使い物にならない木材などを順に放り込んでいく。
「よし……次!」
手を払って息を整える暇もなく、私はまた町の中へと戻る。
路地に戻るとドランが汗だくになりながら、次のゴミを詰め込んでいく。ゴミをいっぱいに乗せたスコップを持ち上げ、台車の箱に詰めていった。額には大粒の汗、背中はすっかり濡れていた。
「ドラン、大丈夫?」
「ん……なんとかな。まだ……いける」
息が少し荒い。だけど、彼は手を止めない。私も「ありがとう」と小さく声をかけて、また台車からゴミを運び出した。
繰り返し、繰り返し。
町と捨て場を往復するたび、足が重くなっていくのが分かる。最初は軽かった動きも、今では膝がわずかに笑っている。けれど、止まってしまえば、タイムリミットまで仕事が終わらない。今は、踏ん張るときだ。
「ルア、これ……次の分」
「うん、ありがと!」
ドランの声が聞こえて、休みは終わりだ。なんども往復した足の裏はヒリヒリと痛むが、それは終わるまで我慢だ。
何度目の往復か、すでに分からなくなっていた。けれど、路地のゴミ箱に積まれていたゴミは、確実に減ってきている。道が少しずつきれいになっていくのが、ほんの少しだけ嬉しい。
お互いに腕はだるいし、喉もカラカラだ。でも、それでも進める。二人でやっているから、自分一人じゃないから。
気がつくと、空が赤く染まり始めていた。夕陽の光が通りの石畳を照らし、長い影を落としている。
その赤い光の中を走り抜け、私は最後の荷を捨てて路地に戻った。
そこには、空になったゴミ箱と、台車のそばに腰を下ろしているドランの姿があった。彼は背中を丸め、深く息をついている。
「おつかれさま、ドラン」
「ルアも、おつかれさま」
私がそう声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げ、小さくうなずいた。疲れたような顔をしているが、どこか晴れ晴れとした様子だ。
そんな中、ドランがふらりと立ち上がり、路地を離れようとする。その背中に、私は慌てて声をかけた。
「どこに行くの?」
立ち止まったドランは、少し気まずそうに振り返る。
「これで……ルアへのお礼は済んだだろ? だから、自分の食べ物を探しに――」
「そんなこと、しなくていいよ。だって、ドランはちゃんと働いたんだから」
「でも……これは、ルアの仕事だったんだろ? 俺は、勝手に手伝っただけで……」
「いいから。来て」
私はドランの手をそっと取ると、台車の取っ手を握り、表通りへと歩き出した。通りすがりの人々の視線が少し気になったけれど、そんなの気にしていられない。まっすぐ向かう先は、ガルドの家だ。
玄関の扉の前まで来て、私はためらわずにノックをする。しばらくして、がちゃりと音がして、ガルドが顔をのぞかせた。
「おう? 二人になってるじゃねぇか。ルア、そいつは誰だ?」
「今日は三か所のゴミ捨てを任されていました。でも一人じゃ間に合わなかったので、友達に手伝ってもらいました」
そう言うと、ガルドはふむ……と腕を組んで考え込む。
「あー、そりゃそうだよなぁ。あの量、子供一人じゃきついわな。それで、三か所はちゃんと終わったのか?」
「はい、全部きれいにしてきました」
「そうか、そりゃ立派だ!」
ガルドは満足げに頷いて、ぱんと手を打った。今なら、頼んでみてもきっと聞いてくれる。そう思って、私は一歩前に出る。
「それで、お願いがあるんです。三か所を一人でやるのは、やっぱり厳しくて……。これからも友達と一緒に作業してもいいですか?」
私の言葉に、ガルドは再び腕を組みながら少し考え込み、それから小さく笑った。
「まぁ、当然だな。あの量を一人でやらせたのは、ちょっと無理があったかもしれねぇ。よし、二人でやるのは構わねぇ。ただし――」
そこでガルドは指を一本立てる。
「報酬は、ゴミ箱一つにつき五百セルト。それは変わらねぇぞ」
「はい、それで大丈夫です」
「だったら、これから三か所やるときは、二人でやってくれりゃいい。俺はゴミがちゃんと捨てられてりゃ、それでいいんだ」
そう言って、ガルドは懐から小さな袋を取り出し、私に手渡した。
「今日の分な。よくやった。じゃあ、お疲れさん」
ガルドは気前よく笑いながら、それだけ言って家の中へと戻っていった。
「……ルア、今の……本当か?」
背後から、不安そうなドランの声が聞こえた。振り返ると、ドランはまだその場に立ち尽くしたまま、私の顔をまっすぐに見つめている。
「うん、本当だよ。これで、ドランも私と一緒に働ける。ちゃんと働いて、お金をもらって、そのお金でご飯を買う。そうすれば……もう、ゴミを漁らなくてもいいんだよ」
私がそう言うと、ドランの目が見開かれた。
「……じゃあ、あの時みたいな……あったかくて、美味しいやつ、また食べられるのか?」
「もちろん。それどころか、今度はドランのお金で、自分で選んで買うこともできるよ」
私はそう言って、小銅貨を分けてそっとドランの手に握らせた。
「これはドランが働いて得た、正当な報酬。胸を張って受け取って。今日、すごく頑張ったんだから」
ドランはしばらく黙ったまま、手の中の硬貨を見つめていた。小さな手の中にある、少し冷たくて重みのあるそれを、まるで信じられないものを見るように、ゆっくりと指先でなぞっている。
そして――
「……これで、本当に……食べても、いいのか……?」
ぽつりとこぼれたその言葉は、かすれて震えていた。私が頷くと、ドランは小銅貨を胸元にそっと抱きしめ、そのままゆっくりと顔を伏せた。
「……うぅ、うっ……」
堪えきれなかったように、肩がふるふると震え始めた。涙がぽろぽろと、目尻から零れ落ちる。
「こんなの……生まれてはじめてだ。ちゃんと働いて、誰かに認められて、お金をもらって……食べ物が買えるなんて……」
嗚咽交じりにそう言ったドランの言葉が、胸にずしんと響いた。私も同じ気持ちだった……。
「今まで、ずっと……怖かった。食べるものがなくなるのが、明日が来るのが。でも……今日、はじめて……ちゃんと、生きてる気がした……」
私は、そんなドランの肩にそっと手を置いた。
「これからは、一緒に頑張っていこう。ちゃんと働いて、お金をもらって、ご飯を食べて。少しずつでいいから、毎日をちゃんと積み重ねていこう。ね?」
ドランは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、強く頷いた。その顔にはまだ戸惑いと不安が残っていたけれど、それでも、はっきりと「生きよう」とする意志が宿っていた。
私はそれを見て、心の奥がほんの少しだけ温かくなった。
「じゃあ、一緒に食べ物を買いに行きましょう」
「おう!」
私たちは働いた証を持って、表通りを駆けて行った。
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