12.思いやりの心
ドランが横たわっている所に駆け寄り、その体を揺すった。
「ドラン、大丈夫ですか?」
「うっ……ルア?」
「そうです。まだ寝るには早い時間なのに……。何かあったんですか?」
ドランはだるそうに目を開けて、体をこちらに向けてくれた。
「いや、気にするな。ただ、眠たくなったから寝ていただけ」
「眠たいって……そんなにお腹がいっぱいになったんですか?」
「そ、そう。珍しくお腹がいっぱいなんだよ。だから、寝ていたんだ」
慌てて言い直した時、ドランのお腹が盛大に鳴った。この音はお腹がいっぱいな音じゃない。空腹の音だ。
すると、ドランは気まずそうにお腹を押さえて、顔を伏せた。
「この音……数日は何も食べていないんじゃないんですか?」
「そ、それは……」
「もしかして、先日くれたリンゴ……久しぶりの食べ物じゃなかったんじゃないんですか?」
「……」
図星を付いたようだ。じゃあ、ドランは嘘をついて私に手に入れた食べ物を渡したということになる。
「どうして、嘘をついたんですか! お腹が減っているんだったら、減っているって言ってくれたら!」
「……だって、ルアは前に俺に食べ物を分けてくれたじゃないか。だから、そのお礼がしたくて……」
そんなに私が食べ物を探して持ってきてくれたことが嬉しかった? だから、自分が空腹なのを我慢して、手に入れた食べ物を……。
ドランの優しさに胸を打たれた。スラムでは食べ物は奪い合うものでしかなかった。それを分け与えようと考えるのがどれだけ難しいことか……。
それを、たった一度食べ物を分け与えただけで気遣ってくれるなんて。冷たい人ばかりだと思っていたスラムの中で人の温もりを感じて、心が温かくなった。
だから、ドランの事は見捨てられない。
「だったら、今度は私がお礼をするばんですね」
「べ、別にそんなこと……」
「ドラン、こっちに来てください」
ドランの体を支えて、立ち上がらせる。そして、引きずるようにスラムから出て行く。
「お、おい……。どこに連れて行く気だ?」
「こっちじゃないとダメなんです」
そう言ってドランをゴミ箱のない路地に連れてきた。辺りを見渡して、スラムの人がいないことを確認する。……よし。
「ドランはここで待っててください。今、食べる物を持ってきます」
「持って来るって……おい!」
私はドランを置いて、お店まで駆けていった。
◇
「お待たせしました」
お店でパンと肉の串焼きを買って戻ってきた。ドランは私が手に持っている物を見て、酷く驚いた様子だ。
「お、おい……それって」
「お店で買って来ました」
「買って、来た?」
「はい。最近、仕事をさせてくれる人に出会って、仕事をしているんです。それで貰ったお金で買ってきました」
「そうだったのか……」
ドランは納得がいったように呟いた。私はパンと肉の串焼きを、ドランの前にそっと差し出す。
「さあ、どうぞ。温かいうちに食べてください」
ドランは目を見開いたまま、パンと串を交互に見つめていた。けれど、なかなか手を伸ばそうとしない。
「……いや、それはルアが食べたほうがいい。自分の稼いだ金で買ったんだろ? 自分のために使えよ」
「私のためですよ。ドランに元気になってもらいたいって、思ったんです。それに、これは前のリンゴのお礼です」
そう言うと、ドランはぐっと言葉に詰まったようだった。少しの間、沈黙が流れる。
「ほ、本当にいいのか?」
「はい。どうぞ、食べてください」
「……ありがとう」
ドランは恐る恐る受け取ると、パンにかぶりついた。その瞬間、目を見開いて驚く顔をする。そして、一生懸命に口を動かして飲み込んだ。
すると、今度は肉の串焼きを見る。また恐る恐る、肉にかぶりつくと目を見開いて驚く顔をした。
「……っ、うまい……!」
ドランはぽつりとそう呟くと、次の瞬間、夢中になって肉にかぶりついた。まるで我を忘れたかのように、無心で食べ進めていく。
パンをひと口、肉をひと口。両手で交互に抱えながら、必死に咀嚼している。こぼれ落ちそうになる具材も構わず、指ですくって口に運んだ。
「んぐ……っ、ごく……っ、う、うまい、なんだこれ……!」
口の端に肉汁をつけたまま、ドランは何度もうまいと繰り返す。焼けた肉の香ばしさと、ふわふわのパンの甘み。そのどれもが、彼にとっては久しぶりすぎるごちそうなのだろう。
「……っ、こんな……」
ボロボロと、涙がこぼれた。
ドランは目を見開き、何かに気づいたように涙をぬぐおうとしたが、うまく拭えずに、手も顔も汚れてしまう。
それでも、止まらなかった。口を動かしながら、ぽろぽろと涙を落とし続けていた。
「……うまくて……止まんねぇ……っ」
情けない、とでも言いたげに肩を震わせる。でも私は、何も言わず、ただ隣に座って見守っていた。
食べるたびに、涙がこぼれる。その涙が、どれだけの空腹と不安と寂しさを乗り越えてきたかを物語っていた。
「……本当に、ありがとな……ルア」
しばらくして食べ終えたドランが、ぽつりとそう呟いた。泣きはらした目で、私をまっすぐに見る。
「俺……誰かに、こんな風に食べさせてもらったの、初めてだ」
私も胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。ドランにとって、それはただの食事じゃなかった。ただ空腹を満たすためのものではなくて、誰かが自分のことを思ってくれたその気持ちごと、受け取ってくれたんだ。
「……元気になってくれてよかったです。これで、おあいこですね」
「いや、ルアのほうが一回分多い。だから、今度は俺の番だな」
そう言うと、ドランは照れくさそうに笑った。スラムで感じた人の温かさ、それが私の生きる力になる。今日は良く眠れそうだ。
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