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王国と聖女  作者: 橘霧子
2/2

聖女

 一学期最後の日。

 私は、帰宅途中で突然、金色の光に包まれた。


 気がついたら、全く知らない場所だった。

 歴史の時間に見た西洋の貴族たちのような豪華な服を着た、人間サイズの二足歩行の蛙たちが、私を取り囲んでいた。

 ぼってりとした腹を揺らし、一匹の蛙が飛び込んできたかと思うと、私の手をつかみ、叫び声を上げた。


「グォオオオエエエエー!! ボゥオオオエエエエ!!」


 声まで蛙だ。

 昔、田舎の祖父母の家に泊まると、夜に田んぼから聞こえてきた声。あれにそっくりだった。


 蛙は嫌いじゃない。けど、限度はある。ぶっちゃけ、嫌いじゃないことは、イコール好き、にはならない。

 それにただの蛙じゃない。蛙人間だ。化け物だろう、こんなの。


 私はこの世界に来てから、蛙たちを徹底的に避けた。

 蛙たちは私に危害を加える気はないようで、拘束も強制労働もなかった。どちらかというと、おそらく世話係であろうお姫様のような、一際目立つ豪華さを放つ蛙は、私に良くしてくれようとしたんだとは感じていた。が、いかんせん、言葉が通じない。

 蛙姫がどれほど善人……善蛙だろうと、私は避け続けた。


 特に食事は最悪だった。

 人間の体に蛙の頭。そこから食生活がどちらに寄っているか、だいたい想像できるだろう。そして、蛙は期待を裏切らなかった。

 食事として出されたのは、拳サイズの巨大な蝿だった。それに、何やらとろりとした蜂蜜のようなソースがかかって、テラテラ光っていた。


 無理! 絶対に無理でござんす!! 


 私は食事を断固拒否した。こうなると、水も飲めない。空腹よりそっちの方が辛かった。


 すると、どうだろう。

 蛙姫が紙とペンを持ってきた。言葉が通じないから、絵で会話することになった。幸い、蛙の世界にも〇✕の概念があって、虫は食べないことを理解してもらうことが出来た。


 蛙姫は性格がとてもいい子で、その上頭も良かった。

 私が水さえ怖がって飲めないことを理解すると、わざわざ井戸や、厨房まで連れていき、水や食事が安全なことを伝えてくれた。じゃなかったら私、飢えて死んでいたかもしれない。マジで。


 蛙姫となんとなく意思疎通ができるようになると、突然ローブを被った蛙たちに拉致された。

 何かを必死に教えようとするのだが、ごめん、その前に言葉がわかんないんだわ。


 蛙の言葉は全く分からない。

 蛙姫の言葉は、いつも「ケロケロ」としか聞こえないし、ローブを被った蛙たちは、「ケロケロ」もいれば、「グワッグワッ」もいるし、「ボェエー」もいる。その様々な鳴き声で、右から左から、何やら必死に伝えようとするのだけど。


 分かるかー!!!


 古い本を差し出され、必死に指をさされてその文字を追うけど、一文字たりとも読めない。日本語でも英語でもないんだもん。無理。

 私には、丸と線が並んでいるだけの文字。つうか、模様。


 まあ、それでも何かをさせたい気持ちは伝わるし、とりあえず真似てみた。


「ケロケロ」


 わぁ!と抱き合って喜ぶ蛙たち。

 嘘。こんなレベルでいいの?

 とりあえず、「ケロケロ」と「グワッグワッ」と「ボェエー」を真似る。それを忘れないようにメモしておく。

 これでミッションはクリアしたみたい。


 私は少しだけ自由な時間が与えられるようになった。

 蛙姫があちこち案内してくれて、ここがそれなりの規模の城だということも分かった。

 案内してくれた場所に、図書館もあった。どうしてこんな場所に?と思ったら、なんのことはない。

 私がそこにこもっている間に、蛙姫は恋人と逢い引きしていたのだ。


 お相手は、偉そうな蛙。私がこの世界に呼び出された時、その場にいた蛙だ。

 蛙姫が頭を下げるくらいだから、もっと上の位。王子の中でも世継ぎとかそういうの類の王子なんだろう。

 偉そうで、私は嫌いだけどね!

 蛙姫、趣味悪い。

 あいつ、私のことを馬鹿にしきっている。言葉も通じないアホとか、そんな感じ。目がね、そう言ってる。

 常に私を見下して嫌な奴。

 だから、私はあいつが部屋に来ると、すぐに図書館に向かう。しばらく籠っていると、ローブの蛙たちが迎えに来て、「ケロケロ」の練習。それが終わったらまた図書館。

 本は全く読めないけど、他に居場所がないもん。

 と、思っていたら、思わぬ幸運を引き当てた。


 図書館の奥。たまたま見つけた()()

 古そうなノートが突っ込んであるなぁ、と書棚から引っこ抜いてペラペラめくったら、なんと日本語がそこに書かれていた。

 で、そこには私がこの世界に連れてこられた理由が書かれていた。


 つまり、あれよ。

 この国が滅びる前に、異世界から呼んだ少女に魔物だかなんだかを、頑張って封印してもらうって話。


 ふーざーけーんーなーー!!!


 要するに、今、私が必死に覚えさせられている「ケロケロボェエー」は、封印の呪文ってことか。

 知るか、そんなもん。なんで無関係な私が、突然攫われて、そんなことせにゃならんの。

 私は他のノートも調べてみた。どうやら、何人か前の少女は、真面目に蛙たちとコミニュケーションを取ろうとしたらしい。ただ、その子の残した文字は日本語じゃない。英語でもない。


 めくっていくと、文字が途中で変わっている。英語はかろうじて読めるけど、頑張って読もうとしなくても、後から来た少女たちが、自分の読める言語を英語に書き起こしたり、それを日本語に直したりしている。全部読まなくても、いちばん新しいノートを読めば、全ての情報が理解できそうだ。

 私と同じように、突然連れ去られた少女たちが、こんなにも沢山いる。彼女たちは無事に帰れたのだろうか?


 私はノートの研究に没頭した。私の前にやってきた子は日本語でもない、英語でもない文字を残している。辞書がないから、解読はできない。私に残されたのは、最新ではない日本語のノートだけだ。

 けど、どうやら、私が毎日蛙たちから手渡される本は、この国の大事な魔法書らしい。そして、その中には異世界への扉を開く魔法陣があるらしい。


 っつぅても、文字が読めないから、たとえ手渡された時にペラペラめくったってら探しようがないわ。詰んだ。


 私は儀式とやらの説明を全く受けていないから、どういう手順があるのかわからない。

 これは推測の範囲なのだけど、この世界には魔法があって、儀式には魔法を使う。でも、私に魔法は使えない。じゃあ、なぜ、蛙たちは私に必死に呪文を教えるのか。きっと、私が呪文を唱えることに意味がある。その呪文が発動するエネルギーは……私か?私の命なのか?

 やばいじゃん! 家に帰れないどころか、死ぬわ。

 とんでもない事に気づいちゃったわ。どどどどどうしよう!






 命がかかっていることに気づいた私は、必死に考えた。多分、一生分の頭脳を使って考えた。

 で、私はあることに気づいた。

 やっぱ、蛙より人間の方が賢いのかもしれん。

 気づいちゃった私は、儀式の日に備えて、隠れてアレコレ準備した。


 まずは1つ目。

 蛙は概念でしゃべってる。

 蛙姫と王子がイチャイチャしているのを見て気づいたんだけど、「ケロケロ」と「ボェエー」で会話が成立するのよ。「ケロケロ」が言葉として意味をなすのなら、「ボェエー」とは会話が成立しないはず。人間で言うところの、日本語と英語の会話になるから。


 でも蛙姫と王子のイチャコラは成立している。つうことは、聞こえている音以外の何がしかの要素があって、会話が成り立っている。ちなみに、その要素については全く分からない。分かってりゃ、苦労しないわ。

 おそらく、蛙たちはそれが分かっていない。だから私に「ケロケロ」「グワッ」「ボェエー」を叩き込もうと必死だ。けど、言葉が概念としてしか存在しないのであれば、音を真似ることはさほど重要じゃないのかもしれない。なんなら、私が日本語で唱えてもいいってわけ。多分ね。


 2つ目。

 この世界の蛙は、思ったほど賢くはない。

 歴代の少女たちが書き記したノートを、処分もせずに大事に保管しているのは、人がいいと言うより馬……賢くない。

 蛙が賢くないのであれば、異世界への扉を開く魔法陣は、分かりやすく残されている。

 それはどこか?――私が来たところだよ。

 ってことで、私はこっそり、私を呼び出す儀式をした塔に登った。そしたら、まんまと残ってたわ。床の上にしっかりと、魔法陣が。

 私は床に描かれた魔法陣をそのままそっくり紙に書き写した。

 書いただけでは、何も起こらない。やはり、魔法陣の発動には魔法が必要なんだ。


 で、やってきたのが、儀式の日。赤い月が空に浮かんでいた。

 蛙姫が張り切って着飾ってくれた。こういうことをすると、バレるよね。生贄にしますって感じで。

 いい子なんだけどなぁ……。

 私は神輿に担がれて、城の外に出た。連れていかれたのは、庭の一番奥。石畳で整えられた像の前だった。

 なんだこりゃ。

 よく分からないけど、先手必勝。

 私は蛙たちが仕掛けてくる前に、ローブを被った蛙たちの額に、魔法陣を描いた紙を貼り付けて回った。

 これが正しいかなんて分からない。

 だけど、歴代の少女たちの努力の集大成だ。


「王国の守護者清浄の女神の名において命じる。異世界への扉を開き、聖女を元の世界に送還せよ!」


 私は、少女たちが必死に解読した呪文を唱える。ローブの蛙たちは抵抗することなく、棒立ちだ。五つの魔法陣が発光し、大きなひとつの光になって、私を包んだ。

 私は繰り返し呪文を唱えた。

 帰るんだよ! 日本に!!


 一瞬、身体がふわりと浮いた。まるで、蛙の世界に攫われてきた時のように。

 そして――気がついたら、私は駅にいた。


 ちょうど改札口を出たところ。

 なんとなく、周囲の注目を浴びている気がする。と思ったら、そりゃそうだ。私は今、蛙姫が着飾ってくれたドレス姿だった。なんの仮装パーティだよッ!

 12時の門限を守るために走ったシンデレラのように、私はドレスの裾を持ち上げて、家まで走った。

 夏の日差しは焼けるほど暑く、すぐに汗だくだ。


 帰宅したら、家にいた母に抱きつかれ、泣かれた。

 知らない間に夏休みは半分終わっていて、私は行方不明扱いになっていた。

 蛙に誘拐されて異世界に飛ばされた、と素直に答えたら、心配されて布団に寝かされた。

 母が連絡したのだろう。しばらくして、仕事中のはずの父も帰ってきて、私を見て泣き崩れた。

 警察も来た。事情聴取というのか、誘拐について話を聞かれた。

 蛙の話をする場面ではなかろうと、「よく分からない」で通した。それでいいのか。知らんけど。


 それから、本来の高三の夏休みらしく、夏期講習に通った。

 蛙の国の図書館で一生分の頭脳を使い果たした私は、これといった手応えもないまま、夏休みを終えた。

 両親はちょっぴり過保護になり、私は行動の自由が少しだけ減った。


 あ、一つだけ、怒っていることがある。

 攫われた時、私は学校の制服を来ていた。でも、戻って来る時に来ていたのはドレス。

 お陰で、私は残りの高校生活のために、再度リサイクルの制服で揃え直しせざるを得なかったのだ。

 くそぅ。余計な手間をかけさせやがって。


 代わりと言っちゃあなんだけど。

 実は、ちゃっかり蛙の世界から、魔導書を持ってきてしまった私であるぞ。

 この魔導書がないと、さぞかしあの蛙たちは困ることだろう。何しろ、これはローブの蛙たちが大事に大事にしていた、唯一の魔導書だ。

 せいぜい困るがいい。

 願わくば、この先、彼等が無関係な少女を、自分たちの都合に巻き込むことがないように。

 蛙姫はいい子だったけど。それ以外の蛙は、私の命をなんとも思っていなかった。


「勝手に生贄にされるのなんて、たまったもんじゃないわ」


 ざまあみろ。わたしは逃げたぞ。



日間ローファンタジー(完結済)で最高4位。

日間ローファンタジー(すべて)で最高22位、いただきました。

ありがとうございます!

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まさかの展開に、やられた―!とニヤニヤしながら二話目を読みました! そうか、異世界ってこういうこともあり得るんですね! すっごく面白かったです! 月並みのなのですけど、面白い話をありがとうございました…
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