【第6話】揺れる心、繋がる絆と……オタクの叫び
かすんだ視界に映ったのは、色気爆発の顔面偏差値120%男。
切れ長の瞳、流れるような朱の髪、ややはだけた仙服。
“はい、出ました、性癖ぶっ刺さり……!!”
(ちょっ……近い近い! え、なにこの距離、え、えっ!? 私、乙女ゲームのスチル入ってる!?)
中身は57歳、元腐女子主婦・高城由美。推しの声は梅原裕一郎。今は麗しき仙界の美形男子・璃蒼として第二の人生(というか来世?)を歩んでいる。
「……うん、大丈夫。音阿は?」
胸元に飛び込んできたのは、小さな霊獣・音阿。
震えてはいるけれど、目に宿る光は確かだった。
(……ああ、すーちゃんにそっくり。怖かったのに、泣かずに耐えて。もう、ばぁば泣いちゃう……)
音阿の頭をそっと撫でる手には、今の璃蒼としての温もりと、前世の祖母としての優しさが重なる。
「朱焔麒が暴走するなんて、初めて見たな」
青梗が、端正な顔でぼそりと呟く。
一方、嵐真が低くうなるように続けた。
「霊気の相性が悪すぎる。火と音は……正反対だからな」
「朱蓮がいなかったら、洒落にならなかったよね」
霄が、珍しく真顔で言うと、場が一瞬しんとなった。
(え、えっ、私そんなにヤバかったの!? ていうか……皆さま、並ぶとまぶしすぎて直視できません……っ)
璃蒼はこっそり後退りしたくなる衝動をこらえた。
「朱蓮、本当にありがとう。助けてくれて……」
「礼なんかいらねぇ。勝手に前に出るな、バカ」
素っ気ない言葉とは裏腹に、彼の耳はほんのり赤い。
(不器用か……ツンか……これはツンだな!? やだ、距離感ツンデレ尊い!!)
心の中で悶絶しているのを悟られないように、璃蒼はぎこちなく笑うしかなかった。
◇ ◇ ◇
その数日後、学院内では普段通りの授業が再開された。
璃蒼の部屋は、静謐で落ち着いた石造りの空間。
光を取り込む障子風の扉、香る霊草。
前世に大好きだったベーカリー巡りで嗅いだ香ばしい焼きたてパンの香りとは違うけれど、ここにも「好き」がある。
棚の上で音阿が、ふわふわの尻尾抱えて眠っていた。
「……すーちゃん、ばぁば、今日も頑張ったよ」
囁くような言葉が、部屋の中にすっと溶ける。
◇ ◇ ◇
夜、学院裏手の光霧林では月下演習が行われた。
「音阿、よろしくね」
「ピィ!」
澄んだ音が夜空に響き、音阿の軌跡が光を散らす。
「これは……すごい……」
講師が驚き混じりに呟いた。
霊獣と術者の共鳴現象。強い信頼と繋がりの証。
(え、ちょ、なにこのキラキラ空間。私、今魔法少女モード? キラキラ演出、乙女ゲームで見た感じ!)
音阿の霊気が一段と強くなる。風が優しく舞い、璃蒼の術式が完成する。その姿を、朱蓮が陰から見守っていた。
彼の視線に込められた想いは、まだ言葉にはならない。
だが確かに、そこに「変化」は始まっている。
“人生を、もう一度やり直すなら——”
璃蒼の中の由美が、そっと呟いた。
(……見た目はイケメン、中身はアラ還。でも……それでも、こんな人生、悪くないかもね)
星が瞬く夜空に、月の光が優しく降りそそいでいた。