【第2話】低音ボイスの仙人が導く学院への扉
目覚めて最初に感じたのは、木の香りだった。
次に気づいたのは、どこからどう見ても豪華すぎる寝台のふわふわ加減。
(あれ? 病院のベッド……って、もっと固かったよね?)
ふと目を開けると、格子模様の天井と、漆喰に描かれた絵巻物のような文様が見えた。
さっきは夢かと思っていた光景が、夢じゃなかったことを思い知らされる。
(……やっぱり異世界、来ちゃってる……?)
身体を起こすと、ゆったりとした衣がさらりと落ちる。
ふと視線を下げると、手が……細くて、白くて、明らかに男の手。
(……しかも美形枠の……!)
この異世界に転生したことを再確認したところで、
隣から、深〜い低音の、やたら耳に心地よい声が降ってきた。
「目覚めましたね、璃蒼」
振り向いた先には、黒と銀の衣をまとった美形男性。
銀髪は結われ、目元には知性と静謐さを感じさせる落ち着いた気配。
(ちょ、まって、この声。津田健次郎じゃない!? いや、これは“津田健”枠の仙人でしょ!?)
内心でテンション爆上がりだったが、外見はどうやら平静を保てていたらしい。
「私は玄曜。この仙界の一柱であり、転生者を導く者です」
璃蒼は口をぱくぱくさせた。声は出ない。でも、がんばって出した。
「……えーっと、つまり、あの……私、ほんとに、死んで……転生?」
玄曜は軽く頷く。
「貴方の魂は、“霊宿の星”を持っていた。
そのため、こちらの世界へ導かれたのです。
肉体は変わりましたが、魂はそのまま。中身は——貴方自身です」
(あー、つまり……“魂ごと”転生ってやつか。異世界転生系の王道すぎて逆に安心するわ)
落ち着いた口調で語る玄曜の説明は、かつてのBL脳が好きだった“導師×若者”パターンを彷彿とさせ、
ちょっとワクワクしてしまう自分がいた。
「今後の貴方には、“仙苑学院”への入学をおすすめします」
「せんえん……がくいん?」
「この世界の“仙術”、霊獣との契約、霊力の制御を学ぶ場所です。
貴方の霊獣《音阿》も、まだその力を完全には開いていません。学院での修練が必要となるでしょう」
「……音阿って、あの……白くてふわふわの子?」
「ええ。貴方に縁ある霊獣です。非常に稀少で——」
あの白く優雅な霊狐が、脳裏に浮かぶ。
病室で朦朧とする意識のなか、最後に見えたのはあの霊獣だった。
(すーちゃん……)
孫の笑顔と重なるように、ふわりと白い尻尾が頭の上をよぎる。よし、音阿だけは全力で守るわ……。
「学院には、貴方が目覚めた時に居合わせていた
朱蓮、青梗、嵐真、霄など、既に名を成している者もいます。彼らとの再会も、学院で叶うでしょう」
(えっ……再会!? つまり、あのイケボ×美形たちが、同じ学院に!?)
璃蒼の脳内では、“学園もの”のBGMが勝手に流れ始めていた。
イケメンに囲まれる学園生活なんて、10代の頃に夢見てたやつやん。
「ご不安であれば、道中には付き添いをつけます。
仙苑学院へは、私から推薦しておきましょう」
「……はい。あの、ありがとうございます……」
こうして璃蒼は、思いがけず始まってしまった第2の人生に、
ちょっと不安を抱きつつも、胸の奥で密かにワクワクしていた。
新しい世界、魂そのままの自分。
“異世界の仙苑学院”で、彼女(いや、彼)の新たな物語が幕を開ける——。