【第13話】神器と記憶の扉
学院裏の薬草苑。
秋の風が、銀のススキをなびかせていた。
璃蒼は、音阿のふわふわの尻尾に顔を埋めていた。
授業後の癒しタイムである。いや、魂の再生儀式と言っても過言ではない。
(もふもふは正義……白狐形態の音阿マジで尊……そのへんの抱き枕より1億倍癒される……)
すると――
「……ばぁば……」
「ん? なぁに?」
「ばぁばの手……前のばぁばと同じにおいがする」
(……え?)
その時、音阿の瞳が金に淡く揺らぎ、空を見つめる。
「ずっと、思い出せなかった……でも。あの試合のとき、思い出したの」
(まさか……これって……おたく大好き“前世の記憶”開示ターーーン!?)
「前のばぁばは、霊医だった。戦場で、いっぱいの傷と涙を癒して……でも、最後は、誰よりも深く傷ついたの……」
音阿は小さな声で、悲しそうに鳴いた。
「霊獣だったぼくは……ばぁばを助けられなかった。だから今度こそ、今のばぁばは――絶対に守る」
(ちょ……孫として出会う前の前世にも因縁があったって事?……感情が……おたくの涙腺、今全開放したとこだから!!!)
そして音阿は続けた。
「……“神器”も、ばぁばを選ぶと思う。きっと、前と同じように――」
その言葉に、璃蒼の胸の奥がズキリと疼いた。
――神器。
今も完全に解放されていない、彼女に与えられた“鍵”。
そこに、ひとつの「答え」が眠っている。
* * *
一方、学院の北門。
風を切って駆ける一陣の影。
薬師服の袖が風に翻り、薬袋の中身がわずかに揺れた。
青梗――学院一の冷静薬師、ついに本格戦闘に臨む。
敵は、穢霊と化した巨大な獣骨。
もとは修験者の霊獣だったが、禁術で屍術の媒体とされた個体だ。
(ちょ……マジか。あれって封印師3人でやっと抑えたって話の霊獣じゃん!?青梗、それガチでソロ対応すんの!?)
青梗は、無言で印を結ぶ。
薬霊術《幽薬散華》(ゆうやくさんげ)
香と霧が舞い、敵の動きが一瞬鈍る。
そこに投じるのは、まるで流れるような手さばきの調薬爆。
「“生”を操ったなら、“死”に還すだけだ」
冷たい声に、霊獣が咆哮する。
だが、術と薬の連携が寸分違わず打ち込まれ――その霊体は、静かに崩れた。
(うわああああああ!!!!クール系薬師の戦闘ってこんなにも……こんなにも美しいの!?!?!?いや推すしかないやつだろこれぇぇぇ!!!)
朱蓮が訝しげに
「……おい、璃蒼の顔が変だぞ」
霄は苦笑して答える
「いつものことだ。推しが戦えば、とろけるのがあいつの仕様だ」
「……理解した。あれが“沼”というやつか」
嵐真は真顔で頷いた。
* * *
その頃、学院最奥の禁書庫。
静かに本を閉じる男がいた。
羅玄――
かつて、朱蓮や嵐真の師であり、青梗が学院に入る前に姿を消している。その後の行方を知る者はいなかった。
だが、彼はそこにいた。
その眼は静かに、璃蒼たちの動きを見据えていた。
「……音阿が目覚め始めたか。ならば、“輪”は再び巡る」
彼が見ていたのは、古文書の一節。
《神器は記憶と共にあり。記憶なき者に真の力は開かれぬ》
「選ばれし“鍵”たちよ。君たちはまだ、自分たちが“門”の前に立っていることすら知らない」
そして、ゆっくりと立ち上がる。
その背にまとわりつく黒の霊気は、まるで神仏にも等しい“静謐な狂気”。
羅玄「さあ、今度は私の番だ」
* * *
夜、学院の天文台。
璃蒼は一人、星を見上げていた。
音阿が前世で「ばぁば」と呼んでいたのが自分だったとしたら――
そこには、どれほどの悲しみと願いがあったのだろうか。
(“鍵”として生きるなら、ちゃんと開けなきゃ。自分の記憶も、音阿の想いも、全部)
風が吹き、星が瞬く。
そしてその星々の間を、影がひとつ――静かに滑っていた。
羅玄「ようやく、“門”が軋み始めたな」