【第10話】謎の来訪者は、美貌の刺客?
仙苑学院の朝は、いつものように静かで神聖だった――
……はずだったのに。
「なあ、聞いたか? “崑華学院”のやつが来てるらしいぜ」
「えっ、あの超選抜育成のエリート校?」
朝の講堂前、ざわつく生徒たちの声が響く。
璃蒼も、白玉団子を頬張りながら耳をそばだてる。
(崑華学院!? まって、名前からして最強感すごいし……そういう他校ライバルキャラって大体……イケメンなんよ!!!)
と、そこに。
「……あれは……」
霄が壁際に背を預けながら目を細める。視線の先には、学院の門を堂々と歩いてくる一団が。
先頭を歩くのは――
「え、顔……良っっ!!?」
璃蒼、思わず声が漏れる。
それもそのはず。彼の顔はどこか儚げで、銀灰の髪に淡紫の瞳、氷を思わせる端整な顔立ち。冷たいのに、品がある。
(なんで!? なんでこうも少女漫画的イケメンが次々出てくるの!?)
その男が近づき、ふと璃蒼に目を止めた。
「……なるほど。貴方が“璃蒼”ですか」
「あ、ああ。 ……あなたは……?」
彼は片眉をあげ、口角をわずかに上げる。
「私は“冥珠”と申します。崑華学院・首席を務めております。今回は学院間交流という名目で参りましたが……真の目的は“影仙の調査”」
その場がピリリと緊張する。
「ふぅん……敵意は?」朱蓮が横から割り込む。
「今のところは、ございませんよ。ただし、もし妨げられるようなことがあれば、容赦はいたしません。私どもも、独自の任務を拝命しておりますので。」
(えっ、冷たいのに敬語!? ミステリアス敬語イケメンきた!? しかも首席で強キャラ!? なにその属性てんこ盛り……)
青梗が一歩進み出て、冷静に尋ねる。
「あなたたちは何を探している?」
「“封印山”にて確認された符文と同一のものが、当学院においても発見されております。これに呼応するかのように、共鳴現象を示した神器も確認されております。」
その言葉に、璃蒼の脳裏に一瞬、“月牙環”の輝きがよぎる。
(あのとき……私の手の中で光った月牙環と関係ある……!?)
冥珠は視線を璃蒼に戻すと、まっすぐに言った。
「それと――あなたの“霊識”は、常のものとは趣が異なるようですね。まるで、何か深く静かなものを“内に宿している”かのように……。」
「……っ!」
(ちょ、やだ……見透かされた感じでドキッとするやつやん……)
朱蓮がわずかに眉をひそめた。
「おい、距離が近いぞ」
「これはまた……嫉妬ですか? 可愛らしい方ですね、朱蓮」
「殺すぞ、冥珠」
「……やれやれ、懐かしいですね、その殺気立った雰囲気。」
霄が笑いながらボソリと呟いた。
「おいおい、過去に因縁でもあんのかよ……」
嵐真は腕を組みつつ首を振る。
「冥珠と朱蓮は、昔の対戦式で有名だった。朱蓮が“試合中に服がはだけすぎ”で減点喰らった回な」
「言うなっつってんだろ!!!」
「……っていうか、その話題いま必要?」
(ってか服がはだけるって何!? ファンサ!? 誰得!? え、ありがとう)
◇ ◇ ◇
その日の午後、璃蒼は一人で図書館へ足を運んでいた。冥珠の言葉が、ずっと胸に引っかかっていたから。
「……“抱えているもの”か……」
すーちゃんの笑顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
家族のこと、未練、あの時交わせなかった約束。
そこに、足音が近づいてきた。
「静かな場所が好きなのですか?」
冥珠だった。彼もまた、手に書物を抱えていた。
「ああ、考えごとがしたくて……」
「わかりますよ。私も、似たようなものですから。……あなたに、ひとつお伺いしたいことが」
彼は一冊の書物を開いた。
そこには、かつての影仙の“儀式図”と、同じ形をした――“月牙環”の紋章。
「貴方の神器――それを手にいれたのは、いつからでしょうか?」
「転生したとき、最初からだが……」
「やはり……そうでしたか。であれば、貴方ご自身が、何かの“鍵”なのでしょう」
その瞬間、月牙環が――かすかに光った。
(……私って、なんなの? ただのオタクなおばさんだったはずなのに……)
でも、たった一つだけわかることがある。
(すーちゃん。ばあばは、こっちの世界でも頑張るからね)
ふと、冥珠が優しく笑った。
「……貴方の霊識、とても澄んでいらっしゃる。少し……羨ましくなるほどに。」
(や、やば。ミステリアス敬語イケメンに褒められた!? ……尊ッ……!!!)
璃蒼の脳内には、“心の腐女子カメラ”が回っていた。