十一 - 影訳/蓮浄 凛
「離して!律華が…あそこに!」
薫と共に彼女を必死に抑える。了子に追い付いた私と薫は、まさに危機的状況に陥っていた。妹に追い付いたと主張する彼女がいざ進まんとする方向にあるのは律華の姿ではなく、湖へ落下する危険のある断崖絶壁だ。
そして、この湖こそが祖母の遺体が発見された「白神威ダム」のダム湖だった。
「律華、律華ぁ!」
了子の肘が薫の脇腹を直撃する。
「うぐ…」
「薫、頑張って耐えて!了子さん落ち着いて!危ないから!律華ちゃんはここには居ないから!」
「律華はいる!邪魔しないで!律華ぁ!」
凄まじい力だった。先程から薫は身体中あちこちをどつかれ、私も腕や足の筋肉が悲鳴を上げ始めた。その時だった。
「誰!?」
女性の声だった。三人一緒に振り返ると、そこには私と同じくらいの年齢の巫女が立っていた。その隣には、彼女の背丈より少し小さめな影が漂っている。
「私は蓮浄 凛!ここに居るのは水無月 薫と陰喰 了子、高校の同級生!お願い、手を貸して!了子さんが崖から…!」
その時、巫女を見た了子が衝撃を受けたように呟いた。
「律華…なんで?」
いや、正確には例の影に向かって呟いたのだろう。私には何となくだが状況を理解できた。薫と目を合わせると、「やっぱり」という顔でこちらを見つめ返してくる。
「やっぱりねぇ。通りで変だと思った」
巫女が話し出す。
「この子、まぁ律華ちゃんなんだけど、いきなり玄関の前に居て、話しかけても無視して山に入っていくから、何となく変だとは思ってた。亡くなってたんだね」
最後の一言で了子の目から涙が溢れだした。
「律華…そんな…嘘でしょ…」
「『ごめんなさい』…だって」
巫女が呟く。
「私は千念 弥生。山の巫女の末裔。聞いたことぐらいあるでしょ」
三人同時に頷いた。町ではちょっとした有名人だ。
「だからか霊感も人並み以上にあってね。通訳ぐらいなら出来るよ」
「律華…何があったの?どうして…!」
嗚咽を洩らす了子に弥生が静かに語り始めた。
「中学校で虐めを受けてたみたいだね」
「私、姉なのに…気付いてあげられなかった…」
「『気にしないで』って言ってる。この子、あなたに心配かけさせないように我慢して、明るく振る舞ってたみたい。でもある日、限界が来てしまった。山に入り、この崖から…」
「…」
私と薫は泣き出す了子を静かに見つめることしか出来なかった。