十 - 魂濡/五月雨 美里
覚えているのは、親子でキャンプをした河原だ。
大学での虐めが原因で引き込もっていた私を母が見かねて、御祓川へ連れて来てくれた。しかし、いくらキャンプで母とテントを張り、釣った川魚を美味しく食べたところで、私の気分は晴れることはなかった。
「少し散歩してくる」
私はそう言い残し、川沿いを歩き始めた。しばらく歩いていると、川が先程までと違い、激しい急流になっている場所を見付けた。
このままあの中に消えちゃえば─。
そう思った次の瞬間、私はこの河原で倒れていた。先程の呼び声はきっと母だ。しかし、今は母が居なければ、ここは私の知っている場所でも無い。
暗いから恐らく夜ではあるはずだ。しかし、何故か夜空は赤黒かった。河岸には無数の彼岸花が咲いていた。そして、どれも濡れていた。霧吹きで水をかけたり、雨が降った様子でもなく、花びらが腐れ滴るような不気味な濡れ方だ。
辺りを見回すと、所々石が積み上げられている。
聞いたことがある。賽の河原だ。幼くして亡くなった子どもの霊が、悲しませてしまった父母への供養として石を積み上げるが、完成間近で鬼が来てはそれを壊してしまうという。
だとしたら、今ここに流れているのは三途の川…?
「彼岸花が咲きました」
あの時は朦朧とした意識の中ではあったが、この声とフレーズには聞き覚えがある。 あの老婆だ。私は尋ねる。
「ここは?」
「彼岸花が咲きました」
そう告げ、老婆は消えた。
ふと、川の中州に黒い鳥居が立っていることに気付いた。つい先程まで何もなかったのに、老婆が姿を消した途端に入れ違いで現れたかのようだった。何故か私はその鳥居が何のために出現したかを知っているようだ。
浅瀬を渡り、中州へ向かう。
靴に跳ね返る飛沫と波が人の顔のようにも見える。
意を決し、鳥居を潜った。
「彼岸花が咲きました」
背後でまたあの声がした。