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九 - 幻花/蓮浄 凛
「律華…なの?」
私と薫は了子の視線を追った直後に顔を見合わせた。
「律華…本当によかった。でもどうしたの?びしょ濡れじゃない」
先程から了子は一人で喋っている。しかし、どうやら演技では無いらしい。嬉し涙だろうか、目が潤っていた。
「律華、待って。どこいくの?律華、律華…!」
次の瞬間、了子は山の更に奥へと消えていった。薫と共に追いかけようとした時、背後で枯れ枝を踏む音がした。
恐る恐る振り向くと、黒い着物を着た老婆がそこにいた。頭から赤黒い布を被っている。顔は見えない。
「彼岸花が咲きました」
ゾッとする声だ。抑揚も何も無い、淡々としてどこかじめりけのある響きだった。
「い、いやぁぁぁあああ!!!」
絶叫した薫が了子の後を追うように山の中に走っていく。一方私は恐怖で足が動かず、老婆と対峙する。
「彼岸花が咲きました」
もう一度呟いた次の瞬間、老婆の姿が空気の中へ融けていった。再び周囲を静寂が包む頃には、足も動くようになっていた。
一呼吸し、薫の後を追って山の中へ入る。