04【仕組みの一片、そしてお前は茶を何杯飲むつもりだ】…◯
【前書き】
こんにちは、NeoNです。
第四話は、いったん落ち着いて“スイッチの使い方”と“世界のルール”を少しずつ明かしていく回です。
戦ったり叫んだりはないけど、そのぶん、主人公アキノの心の動きがじわじわ出せたらいいなと思って書きました。
この先はちょっとずつ世界が広がっていく予定なので、その前の準備回というか……お茶でも飲みながらのんびり読んでもらえたらうれしいです☕
更新は週一くらいのペースで、まったり続けていくつもりです!
「流れを切って悪いが、アキノは帰れるぞ」
セドーはマグカップから口を離して、吐息混じりにそう言った。
あっけらかんと、まるで明日の天気でも話すみたいな口調で。
「………っ! いやお前、そりゃ俺は帰りたいけど今の話聞いてお前ってやつは…」
放りだして帰れと言われたような気がして、俺は思わず頭に血が昇りかけた。
だが、どうやらそうではなかったらしい。セドーが掌をこちらに向けて俺の剣幕を制する。
「勘違いするな。お前が世界を行き来しても我々が困らない理由が、その装置にある」
「……何?」
「試しに押してみろ。ただし、最初に押したスイッチだけにしておけ」
セドーが、真顔でそう言った。言葉に、妙な重みがある。
……この声色は、“経験から来る警告”だ。
「は? 何で?」
「今は知る必要がない。お前の世界の、あの店で押した“最初のスイッチ”は、
この世界とお前のいた世界を行き来するためのものだ。
同様に、他のスイッチは異なる他の世界に通じる。
だが……下手に他を押すと、十中八九、死ぬぞ。今はやめておけ」
「……やめて!?そんな怖い可能性の話、もっと早くしてほしかったんだけど!?」
セドーは無言でスイッチを、ちょんちょんと指差した。
その目は、何も言わずに「自分の世界に行くなら行け」と言っている。
リゼットも話についていけず黙ったまま、少しだけ困惑した顔で俺を見ていた。
「……えー……ほんとに押すの? 俺コレ押して、トラックに跳ねられるとかないよな……?」
ごちゃごちゃと文句を言いながら、
俺は慎重に、スイッチの一つ――見覚えのある右上のボタンに、そっと指を添えた。
──カチッ。
───あの音と同時に、世界がひっくり返った。
重力の方向が一瞬だけあべこべになるような感覚。
耳の奥に残る、くぐもった“何かが鳴る音”。
光が、音が、空気の粘度までもが違う世界に、俺の感覚が一瞬で切り替わった。
そして、目を開けた時には──
「……は?」
──ピロリ♪ピロリ♪ピロリ♪
俺は、そこにいた。
ワッキーバーガーの、あの席。
赤いシート。柔らかすぎる背もたれ。
目の前のテーブルには、さっきのチーズバーガーの包み紙と、ポテトのトレイ。
そして、ストローがささったままの紙コップ。
氷が……少しも溶けていない。
ストローの角度も、さっき俺が置いた時のまま。
───時間が、経っていない。
「……な、にこれ……マジで……タイムスリップ……?」
頭が追いつかない。
でも、これは“現実”だった。
さっきまでのあの世界、バケモノ、剣の重さ、魔法の爆発、あの塔、あの少女──全部が。
俺は思わず、スイッチを胸元でぎゅっと握った。
……帰ってこられた。けど──
アレは俺の幻覚だったのか…?
眼の前の席に居たはずのセドーは居ない。
腕や背中を打った痛みはこの世界で転んだときのものと区別がつかない。
アレが真実だったという証拠は、俺の眼の前どころか、俺自身からも消えていた。
震える手で、試しにもう一回同じスイッチを押してみる。
──カチッ。
「……何してんの?」
──リゼットの、声。
びくりと体が跳ねた。
その声を聞いた瞬間、今さっきまでいた“現実”が、ぐにゃりと歪む。
「……マジ……?」
目の前にあったはずの紙コップは、消えていた。
テーブルは重厚な木製。光は青白くゆらぎ、空気にはかすかに薬草のような匂いがある。
──リゼットの隠れ家、あの部屋。さっきまでいた場所に、俺は戻っていた。
スイッチは、手の中でまだ微かに震えている。
「……戻れた、けど…」
思わず口からこぼれた呟きに、セドーは席に座ったまま、すでに次の茶を注いで飲んでいて。
……コイツ、お茶何杯飲むつもりだ。
「俺もその装置の全てを知ってるわけじゃない。
ただ、少し試してわかったことだが……世界を移動している間、
移動前の世界の時間は経過しないようだ」
「……俺が別の世界に行ってる間、お前たちの時間は動いてないってことか?」
俺の問いに、セドーは軽く頷いた。
「俺はスイッチを使うものを観察したことはなかったが……
お前はただ一回スイッチを押してそのままだったように見えたぞ」
「…うん。アキノはさっきからなんも動いてないよ?」
話についていけてないなりにリゼットも証言する。
「……じゃあ、俺が自分の世界に戻っていくら過ごしても、問題はないのか…」
自分で言ってて、少し背筋が寒くなった。
じゃあ俺は──この世界で何年過ごしたとしても、スイッチを押せば、
あのワッキーバーガーのテーブルの前に“元通り”で座れるのか?
それは、安心すべきことなのか?それとも……。
「便利に思うだろう?だが、この装置にはまだ解ってないことが山程ある……
あとはお前の使い方次第だ」
セドーの声には、ちょっとだけ重みがあった。
こいつはどういう使い方をして、どういう出来事に触れてきたのだろう……。
セドーは言っていた。大切な人を失った…と。多分それはこの装置絡みの話なんだろう。
単なる不思議道具じゃないことは肝に銘じなければいけない──
とはいえ、俺が思いつくことといったら、そう多くはない。
「……ちょっとまっててくれ。俺は俺で、準備してくる。足手まといにはなりたくないからな」
──カチッ。
そう言い残して、俺はまた現実世界へ戻ってきた。
ワッキーバーガーを出て、一路、俺が向かったのは……
ホームセンターである。
──とりあえず、軍手は必須だろうな。
【あとがき】
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
今回は地味目な回かもしれませんが、異世界モノって「設定がちゃんとしてるか」ってけっこう大事だと思ってて。
そういうところに少しずつ触れていく過程も、一緒に楽しんでもらえたらなと思っています。
次回は二話同時投稿できればいいなと思っています。ちょっと抜け感のある、肩の力が抜けた回になる予定なので、そっちもぜひぜひ。
感想や評価、気軽にぽちっともらえると、超元気出ます!ではまた!