03【頼まれてしまった救出劇】…◯
【前書き】
どうも、NeoNです。
第三話、ついにヒロインことリゼットの目的が明かされてきました。はい、ベタですね。
でも、こういうのがないと話は始まらない。って、思うことにしてます。
そしていつも茶化してばっかりのアキノが、ちょっとだけ“揺らされる”場面でもあります。
何かが変わるきっかけになるといいなと思いながら書いてました。
……と言いつつ、更新ペースはゆるゆるでいきますので、あたたかく見守ってもらえたら嬉しいです!
道なき道を歩くこと、たぶん十五分くらい……いや、もしかしたら二十分? もうそのへんは適当だ。
荒れ地を抜けて、岩の裂け目をくぐって、最後は急斜面の坂道をよじ登ると──
そこに、それはあった。
黒曜石のような岩肌の上に、朽ちた遺跡を利用した隠れ家が建っていた。
形は元は“塔”だったようだ。だが、上層部は崩れており、いま残っているのは地上二階分ほど。
その割に、入り口の扉はきっちり補修されていて、簡単な結界のような光がほのかに揺らめいている。
「ここ、バケモノとか来ないのか?」
俺の問いに、リゼットは胸を張って言った。
「魔獣のこと? くるよ。だから入り口に【隠匿の紋章】を刻んでるの。
魔獣がそもそもここに気が付けないようにしてるってわけ」
「なるほど、そういうもんか……」
たしかに、扉の周りにソレっぽい模様が書き込んであり、うっすらと霜のような気配が張りついている。
近づくとちょっと肌寒くて、手をかざしたら軽く痺れるような感覚があった。
見るからに“俺の知らない物理法則”だ。
「ままま、案内してあげる。ほら、こっち」
そう言ってリゼットが扉に手をかざすと、
ガチャン、と重い錠が外れる音がして、内側へと開かれた。
「スマートキーみたいなもんだな…」
中は、予想以上に“生活感があった”。
古びた本棚。雑に畳まれたブランケット。石造りの床に敷かれた、毛皮の敷物。
壁際には魔導書らしきものと、いくつかの薬っぽい液体が並べられた棚。
そして中央には、青い光を灯すランタンと、木製のテーブルと椅子が二脚。
「……結構ちゃんと暮らしてるんだな」
「失礼なこと言わないでくれる? これでも居心地は最高なのよ。夜は寒いけど」
リゼットが口を尖らせて、俺とセドーに椅子に座るように促した。
「氷使いなのに寒さには弱いのか……」
「俺は火を使うが熱さが平気になるってわけじゃないぞ」
セドーが口を挟む。
言われてみれば当たり前だがそんな子供を諭すみたいに言わないでくれ。
俺がバカみたいに見えるだろ…魔法のイメージなんてマンガ・アニメ・ゲーム・映画の雰囲気しかしらないんだぞ!
俺はため息をつきながら、椅子に腰を下ろす。
堅い背もたれに当たって背中が痛い。
まださっき転がされたときのダメージが尾を引いてる。
背中をさする俺の横で、リゼットはカップとポットを手際よく準備しながら、ちらっとこっちを見た。
「ねえ、アキノ、セドー。ちょっと話したいことがあるんだけど──いい?」
その声は、さっきまでの“ちょっと意地悪なツッコミ気質うさ耳少女”とは、少しだけ違ってた。
すこし低くて、すこし迷ってるような……でも、真剣な何かをはらんだ響きだった。
ポットから注がれる湯気の向こうで、リゼットの瞳が少し伏せられる。
揺れるランタンの青白い光が、彼女の銀に濡れたような長い睫毛に細い影を落とした。
「……あの魔獣…バザァグ。アタシの村を襲った奴と、同種なのよ」
最初に口を開いたのは、あくまで淡々とした調子だった。
でも、その裏側に潜んでる悲壮はすぐに伝わってくる。
「──襲撃は、突然だった。しかも、ただの獣じゃない。 魔力を帯びてた。
……たぶん、誰かに操られてたんだと思う」
「誰か……って、魔法使いってことか?」
俺が訊くと、リゼットは小さく頷いた。
「たぶん、だけどね。姿は見えなかった。
でも、魔獣たちの挙動に確実に何らかの“意志”があったのは確かよ。
村人たちは混乱して、必死で防戦したり逃げたりしたけど……」
言葉が、少し詰まった。
「……何人かが、さらわれたの。生きたまま。
その中に、アタシの妹──リエルもいた」
湯気の向こう、リゼットの瞳がまっすぐ俺を見据えていた。
泣きそうでも、怒ってるわけでもなく、ただ……燃えるような意志だけが宿ってる目だった。
「その紋章…冒険者ギルドのものだろう。解決は依頼できなかったのか?」
セドーが顎をしゃくるように彼女の胸元を示す。ソコにはくすんだ金のメダルがあった。
リゼットは苦々しい表情で、ソレを掴み、指先に力を込める。
「もちろんすぐに捜索を依頼した。
でもね、返ってきたのは“調査は継続する”っていう、いかにもなお役所返答よ。
他の村でも似たような被害が相次いでて、手が回らないって」
彼女は重たい息を吐き、肩をすくめて、スプーンでカップの中を軽くかき混ぜた。
でもその手元は、ほんのわずかに震えていた。
「……だから、アタシはあの魔獣の巣穴を調べてた。
もしかしたら、何か手がかりがあるんじゃないかって。
でも、さっきみたいなのが群れてる場所に一人で突っ込んだら……ね、さすがに死ぬかと思ったわ」
最後は少し冗談めかして笑ったけど、
その笑みの奥には、ちゃんと“命がけだった”ことがにじんでた。
「……アキノ、セドー。さっきは軽口叩いちゃったけど、助けてくれたこと、ほんとに感謝してる。
それと同時に──お願いがあるの」
彼女が、二人を見つめる。
「アタシと一緒に、リエルを探すの…手伝ってくれない?
個人的なお願いってだけじゃない。
この世界に何が起きてるの…その一端がきっとそこにある気がする」
沈黙が落ちた。
さすがにとても茶化すようなことを頭によぎらせることもできなかった。
それほどに…リゼットの目は真剣だったからだ。
ベタ展開だななどと、ほんの少しでも頬を緩めようなら俺は自分が自分で許せなかっただろう。
滲んだ涙にわかる彼女の無念、さらわれた妹が今どうなっているのかと不安でたまらない心痛。
誰も助けてくれないという悔しさ。
自分がなんとかしなくてはという確固たる意志。
その全てが、瞳に煌々と灯っていたから。
それは、『ストーリー』なんかじゃなく、『現実』だった。少なくとも彼女にとっては。
俺はカップの中で冷めかけた飲み物を見つめながら、リゼットのあの目を、何度も何度も思い返していた。
最近の俺は、誰かが困っていても、見て見ぬふりをすることを“正解”だと、
自分に言い聞かせるようになっていた。
何らかの技能を持ってるわけでもない俺が、軽く首を突っ込んだところで、
状況が変わるわけでもないし──
むしろ揉めごとがこじれて、トラブルの原因になることの方が多かったからだ。
要領が悪い俺でも、いい加減解ってきた。
だったら関わらない方がいい。見なかったことにしておく方が、結局はその人のためにもなる。
……そうやって、自分をごまかしてきた。
何も背負わず、何も関わらず、自分のテリトリーだけで完結する人生。それが俺の“普通”だ。
でも、リゼットの瞳は──あの真っすぐな訴えは、そんな“普通”を一瞬でぐらつかせた。
──手伝ってくれない?
あの一言は、たぶん彼女が今まで、誰にも言えなかった言葉だ。
“誰も助けてくれないことがわかってる”からこそ、ずっと飲み込んでた言葉。
セドーは何も言わずに、カップを傾け、二杯目の茶をすすっている。 もう心は決まってるんだろう。
……コイツは、たぶんそういうやつだ。
なら、俺はどうする?
――いや、ちょっと待て。俺はさ。
この世界に来て、まだ一時間ちょっとくらいだぞ?
剣なんてさっき始めて振ったし、魔法も使えないし、この世界に守らなければいけないものもないし、
本来なら今ごろ風呂入って寝床でスマホゲと格闘してる時間帯だぞ?
帰れるんだよ…スイッチ押せば。
さっさとこの厄介な話から離れて、現実世界のぬるい日常に戻れるんだよ?
──でも。
でも、あの目を見て、知らんぷりできるほど、俺は“鈍感”にはなりきれてなかったみたいだ。
「……いや、俺、そういう主人公タイプじゃないんだけどな」
苦笑まじりにそう言って、椅子から立ち上がる。
重たい腰。痛む身体の節々。
気持ちも体もぐだぐだだ。
でも、口だけは動く。
なら──流れに任せてしまえ。
「しかたねぇ。もうちょっとだけ……この異世界観光ツアー、付き合ってやるよ。
…ま、戦力にはならないかもしれないけど。怖いし…正直。
でも、つまらない意地で目を背けるには、あの目はちょっと真っ直ぐすぎる」
リゼットが、ほんの少しだけ目を見開いて、
すぐに、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ありがと、アキノ。……頼りにしてるよ、ほんのちょっとだけね?」
「もうちょっとは期待を寄せろや。まあ……無理もないか」
俺はそうツッコみながら、でもどこかで思ってた。
──まったくもって、俺らしくない決断…。
けど、どうせこの先も、俺はきっと“らしくない”ことを何度もして行くんだろうな。
……ああ、くそ。 こりゃもう、帰れねぇかもな……
そう思っていたのだが…
セドーが、ぽつりと一言、茶をすすりながら口を開いた。
「流れを切って悪いが、アキノ。お前は帰れるぞ」
「……は?」
【あとがき】
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
今回は、話の山場というより“ため”の回でした。
派手さはないけど、ここを通らないと、アキノはアキノにならない気がしてます。
次回はまた現実世界へ……!?
スイッチの特性も、だんだんわかってきますので、お楽しみに!
感想や評価、もらえるとほんとに嬉しいです。
マイペースですが、また来てもらえたら、めちゃくちゃ励みになります!