ブルドーザーとショベルカー
慧、40歳。
金髪に寝ぐせのまま、台所に立って朝食を作っていた。
2階からパジャマ姿の妻・結子が降りてくる。
「相変わらずすごい金髪ね。寝ぐせもすごいわよ」
慧はトースト、スクランブルエッグ、レタスと人参のサラダを手早く盛りつけてテーブルに並べた。
「どうでもいいだろ。……雄太は?」
息子・雄太は5歳。寝起きが悪く、今日もまだ寝ているらしい。
「知らなーい。まだ寝てるんじゃない?」と結子。
(だったら一緒に寝てるんだから起こしてくれよ……)
そう思いながら慧は階段をのぼり、寝室へ。
「おい、起きろ。バス来るぞ。遅刻するぞ」
「……まだ眠い……」
仕方ないと慧は雄太を抱っこして1階へ下ろし、ソファに寝かせる。
「朝はパンか?イチゴか?」
返事はないが、いつも通りトースターでパンを焼いて皿に乗せる。
結子は朝食を素早く済ませ、仕事の支度を始める。
「いってきまーす。雄太も保育園がんばってねー」
ソファに転がるパジャマ姿の息子。
聞こえているとは思えないが、それがいつもの光景。
「相変わらずだな……おう、いってらっしゃい」
結子を見送り、慧は雄太に声をかける。
「起きろ。ほら、立て」
「眠いー……幼稚園行きたくないもん!」
肩を落としつつ、慧は近くの恐竜模型を手に取った。
「インドミナスレックスが“食べたい”って言ってるぞー」
雄太は目を開けて指をくわえた。
「この黄色い電気ネズミと、赤い火を吹くドラゴンも食べたいって言ってるぞー」
「……雄太も食べる」
ようやく、パンに手を伸ばした。
慧は現在無職。
専業主夫として家を支えていた。
結子は大手企業の専務。部下に指示を出し、企画も経理も人事もこなすバリキャリ。
毎日帰りも遅い。
「よし、雄太。行くぞ」
幼稚園バスの集合場所へ向かうため、慧は雄太の荷物を手に玄関へ。
「まってー! これであってる? 靴の左右!」
「うん、あってる」
履ければ大丈夫。
手をつないで歩く2人。
集合場所で他の親たちと軽く挨拶を交わす。
「おはようございます」
周囲の母親たちがひそひそと話していた。
「聞いた? 3丁目の家、取り壊しが決まったんだって」
「えー、なんで?」
「お父さんが施設に入るんだって……娘さんもいろいろあったらしいよ」
慧の胸がざわつく。
3丁目――そこは、まどかの家があった場所。
まさか……と思いながら、
雄太をバスに乗せ、手を振る。
「おう、がんばれよ!」
雄太も手を振って応えた。
慧の足は、自然と3丁目へ向かっていた。
現地に到着すると、
そこには雄太が大好きなブルドーザーとショベルカー。
そして――
家は、もうなかった。
「わあっ! 僕の大好きなブルドーザーとショベルカー! なんでここにあるの?」
振り返る。
誰も、いなかった。
幻聴だったのか。
まどかは――慧の中でも、雄太の記憶の中でも、
静かに、跡形もなく消えていた。