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あい  作者: 鏡恭二
7/9

衝動

慧が18歳のときだった。

スマホが震え、LINEの通知が届いた。差出人は、まどか。


まどか「彼氏できたー。昨日、告白したらOKだったの!」


指が止まった。


童貞の慧には、それだけで眩しくて――遠すぎた。

まどかの、あの曲線を描くボディライン。

歩くたびに揺れるしなやかな脚。

まとっているのは、甘い匂いと、手の届かない色気。


彼女が、誰かのものになった。

そう思った瞬間、胸の奥で何かが崩れた。


悔しさを押し殺して、慧は画面に返信を打ち込んだ。


慧「そうなんだ。よかったね。彼ってどんな人?」


まどか「優しい人だよ。すごく私のことリードしてくれるの」


何気ないやりとり。

でも、慧の脳裏では、見たことのない情景が勝手に流れ始めていた。


男「まどか、今日の格好……なんかヤバいくらい似合ってる」

まどか「ふふっ、ありがと」

ソファに並んで座りながら、男の手が太ももへ。

まどか「きゃ……ちょっとぉ……」

男「我慢できないよ。だって……脚が綺麗すぎるんだもん」

まどか「気に入ってくれたなら……あとでもっと、すごいことしてあげるね」


――はっと、我に返る。

画面の通知はまだ続いていた。


まどか「彼氏と撮った写真見て~。いいでしょ?」


幸せそうな2ショット。

笑顔のまどかと、肩を寄せる男。


胸の奥に刃を突き立てられたようだった。

でも、慧は震える手で返信を打つ。


慧「……うん。かっこいいね。お幸せにね。」


すると、すぐに返事が届く。


まどか「ありがとう慧くんも優しいもんね。きっとすぐ素敵な彼女できるよ~!」


それが決定打だった。

慧はスマホを伏せて、黙って風呂に入り、

湯船の中で、自分の鼓動がどこか遠く感じられた。


翌日。

時間を持て余し、なんとなく横浜駅を歩いていた慧は、

中央改札の前で立ち止まった。


そこに、いた。


まどかが――

ベージュのロングカーディガン、ゆるく巻いた髪、そして、満面の笑み。


(……まどか……?)


彼女は待ち合わせをしていた。

だが、スマホに送られてきた写真の男とは、違う男だった。


男「ごめーん、待った?」

まどか「ううん、今来たとこ」


自然なやり取り。

そのまま並んで歩き出す二人。


けれど――

数歩進むと、まどかの笑顔が、すっと消えた。


その素顔は、何も映さない。

まるで、仮面を被ったように空っぽだった。

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