衝動
慧が18歳のときだった。
スマホが震え、LINEの通知が届いた。差出人は、まどか。
まどか「彼氏できたー。昨日、告白したらOKだったの!」
指が止まった。
童貞の慧には、それだけで眩しくて――遠すぎた。
まどかの、あの曲線を描くボディライン。
歩くたびに揺れるしなやかな脚。
まとっているのは、甘い匂いと、手の届かない色気。
彼女が、誰かのものになった。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが崩れた。
悔しさを押し殺して、慧は画面に返信を打ち込んだ。
慧「そうなんだ。よかったね。彼ってどんな人?」
まどか「優しい人だよ。すごく私のことリードしてくれるの」
何気ないやりとり。
でも、慧の脳裏では、見たことのない情景が勝手に流れ始めていた。
男「まどか、今日の格好……なんかヤバいくらい似合ってる」
まどか「ふふっ、ありがと」
ソファに並んで座りながら、男の手が太ももへ。
まどか「きゃ……ちょっとぉ……」
男「我慢できないよ。だって……脚が綺麗すぎるんだもん」
まどか「気に入ってくれたなら……あとでもっと、すごいことしてあげるね」
――はっと、我に返る。
画面の通知はまだ続いていた。
まどか「彼氏と撮った写真見て~。いいでしょ?」
幸せそうな2ショット。
笑顔のまどかと、肩を寄せる男。
胸の奥に刃を突き立てられたようだった。
でも、慧は震える手で返信を打つ。
慧「……うん。かっこいいね。お幸せにね。」
すると、すぐに返事が届く。
まどか「ありがとう慧くんも優しいもんね。きっとすぐ素敵な彼女できるよ~!」
それが決定打だった。
慧はスマホを伏せて、黙って風呂に入り、
湯船の中で、自分の鼓動がどこか遠く感じられた。
翌日。
時間を持て余し、なんとなく横浜駅を歩いていた慧は、
中央改札の前で立ち止まった。
そこに、いた。
まどかが――
ベージュのロングカーディガン、ゆるく巻いた髪、そして、満面の笑み。
(……まどか……?)
彼女は待ち合わせをしていた。
だが、スマホに送られてきた写真の男とは、違う男だった。
男「ごめーん、待った?」
まどか「ううん、今来たとこ」
自然なやり取り。
そのまま並んで歩き出す二人。
けれど――
数歩進むと、まどかの笑顔が、すっと消えた。
その素顔は、何も映さない。
まるで、仮面を被ったように空っぽだった。