08.魔法師団長ヘクトール
ヘクトールとハロルドは、向かい合ってソファに座ると、情報交換を始めた。
話題は、古代迷宮跡の崩落事故と、アニスの行方についてだ。
ヘクトールの話によると、アニスたちが地下迷宮に入ってしばらくして、アニスと一緒だった新人魔法士が、
「副団長が崩落に巻き込まれた!」
と言いながら出て来たらしい。
そして、周囲にいた騎士や魔法士が助けに入ろうとした矢先、迷宮のあちこちで崩落が発生し、入り口がふさがってしまったという。
(そういうことだったのね……)
アニスは籠の中で身震いした。
待っている間に聞いたあの地響きのような音は、どうやら迷宮の色々な場所が崩れる音だったらしい。
(わたし、よく助かったわね……)
ちなみに、助けてくれたのはハロルドのようで、馬で駆け付けた彼は、周囲の制止を振り切って、地下迷宮の中に入ったらしい。
そして、強力な斬撃で道を切り開いて進み、彼女が行方不明になった場所を探し当てた、ということのようだった。
籠の中で、アニスは驚きに目を丸くした。
まさかハロルドが危険を顧みずに助けに来てくれていたとは思わなかった。
(なんでそんな……)
助けに駆けつけて頂いてありがとうございます。と、愛想笑いを浮かべながらお礼を言うヘクトールに、ハロルドはどこか辛そうな表情を浮かべながら首を横に振った。
「いえ、大したことではありません。……それに、肝心の彼女を見つけることが出来ませんでした」
どうやらハロルドは深夜までアニスを探し回ったが、見つけることが出来なかったらしい。
ヘクトールが大慌てで首を横に振った。
「いえいえ、あなたは時間の許す限り捜索に参加してくれました。感謝の言葉しかありません」
そして、尋ねた。
「そういえば、現地の者から、あなたが発見した彼女の物を持ち帰った、との報告がありましたが、何を持ち帰られたのですか?」
「彼女の従魔である猫です」
(え、わたしの従魔である猫?)
アニスは首をかしげた。
恐らく自分のことだろうが、なぜ彼は自分を従魔だと思ったのだろうか。
そんなアニスの疑問を他所に、ハロルドがバスケットをそっと持ち上げた。
ローテーブルの上に置くと、「取るぞ」とつぶやきながら、籠の上にかかっているハンカチをそっと取る。
「この猫です」
どうやら見つけた時、グッタリしていたらしく、怪我でもしていると思って連れ帰ったらしい。
そして、王宮の治療師に見せたところ、「これは寝ているだけですね」と言われ、自分の部屋に寝かせた、とのことだった。
(だからわたし、ハロルドの部屋にいたのね)
アニスが納得していると、ヘクトールが不思議そうに口を開いた。
「猫を連れ帰ったことは分かりましたが、どうしてこれをアニスの従魔だと?」
ハロルドが、アニスの首を指差した。
「この首輪です。アニス・レインが身に付けていたものと同じものでしたので」
そう言われて、アニスは首元に手を当てた。
気が付かなかったが、確かに金属製の首輪をしている。
その魔力の感じから、彼女はそれは自分が腕にはめていた「<魔力封じの腕輪>」であることに気が付いた。
なぜ首にはまっているかは定かではないが、サイズに合わせて伸縮する効果があるせいでピッタリだ。
ヘクトールは、「ちょっと失礼しますよ」と言うと、籠に手を伸ばした。
アニスを抱き上げてローテ―ブの上に置く。
彼女はその場にちょこんと座ると、つぶらな瞳でヘクトールを見上げた。
(ヘクトール団長! 気が付いて! わたし、アニスです!)
そう心の中で叫びながら、「にゃあ」と鳴く。
ヘクトールは、「彼女に従魔なぞいたか……?」とつぶやきながら、ジッとアニスを観察した。
「ふむ……」と、しばらく考え込む。
そして、まあいいか、という顔をすると、ハロルドに向かって、したり顔でうなずいた。
「そうですね、恐らくこれはアニスの従魔でしょうな」
(え、ええええーー!?)
アニスは心の中で叫んだ。
(分からないからっていい加減に答えたわね! いくらなんでも適当すぎるでしょ!)
ヘクトールを睨みつけながら、ニャアニャアと抗議するが、
「何か言っているようですね」
「まあ、おそらく腹でも減ったんでしょう」
などと適当に流される。
その後、抗議するアニスを他所に、2人の話し合いは進み、
「では、お預けしましょう」
「はい、お任せください」
なぜかハロルドが引き続きアニスの面倒を見ることが決まり、彼女は再び籠に入れられると、死んだ魚のような目をしながら魔法士団本部を後にした。