06.夢か現実か
誰かに運ばれているのを感じながら、アニスは夢を見ていた。
過去の出来事や現実に近いが、これはきっと夢だろうと分かる不思議な夢だ。
*
最初に見たのは、7歳の時に受けた魔力測定の儀式だ。
アニスの住む田舎町に、王都から役人がやってきた。
持ってきた大きな魔石に触れると、魔力量が分かるという。
村の7歳になる子供たちは、皆はしゃぎながら魔石に触った。
どの子も薄ぼんやり光るだけだったが、アニスが触れた瞬間、魔石がまるで太陽のように輝いた。
「こんなすごい光は見たことがない!」
役人がそう叫び、その場は大騒ぎになった。
後日、立派な服を着た魔法士がアニスの家を訪れ、アニスは近年稀に見る魔力量の持ち主であると認定した。
どうやら、レイン家の何代か前に魔力量の多い者がいたらしく、その遺伝らしい。
この日を境に、アニスの人生が変わり始めた。
魔力量の多い者は王立学園に入学することが決められており、アニスも入学することになった。
王都から派遣された家庭教師が付き、学園入学に向けた勉強を始める。
もともと女の子であるアニスに何の関心も持っていなかった両親は、手のひらを返したようにアニスにかまうようになった。
「お前には期待しているぞ」
「人の期待に応えられる、ちゃんとした子になりなさい」
両親から構ってもらえるようになった嬉しさもあり、アニスはちゃんとした子になろうと思った。
期待に応えるために必死に勉強する。
夢の中で、両親を喜ばせようと懸命にがんばる幼い頃の自分をながめながら、アニスは思った。
忙しくて思い出す暇もなかったけど、そういえば、こんな感じだったわね、と。
*
その次に見た夢は、王立学園に入学したときだった。
入学試験において、彼女は絶対の自信があった。
(絶対に1番が取れているわ!)
ところが、結果はまさかの2位。
2点差の1位は、ハロルド・ウィンツァーという名前の男子だった。
(くっ、誰よこれ!)
悔しさを隠して隣のクラスに見に行くと、そこには目をハートにした女子に囲まれた美男子の姿があった。
白っぽい金髪に、紫色の澄んだ瞳、顔立ちが恐ろしく整っている。
(アイツか!)
アニスが睨んでいると、彼はふと顔を上げた。
教室の入口に張り付いているアニスを見て誰かに話しかけ、「あれは入学試験次席のアニス・レインですわ」と聞いて、ふうん、と無関心な顔をする。
(く~! ムカつく!)
アニスは内心地団駄を踏んだ。
たかが2点勝ったくらいで、なんだあのスカした顔は!
(待ってなさい! 目に物を見せてやるわ!)
そして、寝る間も惜しんで勉強したアニスは、中間テストで見事1位を取った。
ハロルドの悔しそうな顔を見て、内心ニヤリと笑う。
この日を境に、アニスとハロルドは無言で張り合い始めた。
定期試験は、良い点数を取ることではなく、ハロルドに勝つことを目標に努力するようになった。
この謎の競争は、高等部に入ってから激化した。
高等部では、生徒たちは「普通科」「魔法科」「騎士科」の3つに分かれる。
そして、「魔法科」と「騎士科」はすこぶる仲が悪かった。
そんな中、魔法科筆頭のアニスと、騎士科筆頭のハロルドが張り合わない訳もなく。
特に、年に数回、科横断で行われる模擬戦で、彼らは何度となく激突した。
ハロルドは魔法による身体強化や「次期剣聖」と呼ばれるほどの剣の才能があり、普通の魔法科の生徒では歯が立たなかった。
同様に、アニスも膨大な魔力と魔法のセンスで、普通の騎士科の生徒では歯が立たず、そんな2人の戦いは教師も目を見張るレベルの高さだった。
何度も争ったが、お互いガンとして譲らず、なかなか勝負がつかない。
アニスは歯噛みした。
勝てないことに悔しさを覚える。
それはハロルドも同様だったようで、2人は会えば嫌味の応酬をするようになった。
「アニス・レイン。今回は点数が振るわなかったようだが、体調が悪かったのか?」
「あら、ハロルド・ウィンツァー様こそ、今日の模擬戦は手ごたえイマイチでしたけど、寝不足でしたか?」
夢の中で、ハロルドと言い合う自分を見ながら、アニスは苦笑した。
そういえば、アイツとはずっと張り合っていたわね、と。
*
その後、夢の中のアニスは卒業を迎えた。
王命で、フェリクス王子との婚約が決められ、同時に魔法士団への入団も決定した。
本当は乗り気ではなかったが、両親の喜ぶ姿を見て、これでいいのだと思うことにする。
魔法士団に入団してからは、目が回るような忙しさだった。
魔法士団長のヘクトールは、「アニスを育てるため」と言って、彼女に膨大な量の仕事を与えた。
加えて、フェリクスからは大学の論文を書くようにと頼まれたこともあり、彼女は仕事と論文に追われる毎日を過ごすことになった。
あまりに忙し過ぎて、ここ5年間のことはよく覚えていない。
期待に応えようと、ひたすら仕事をしていたことしか覚えていない。
――そして、時は流れて、入団3年目。
努力の甲斐があって、アニスは魔法士団の副団長に任命された。
(やったわ! 最年少よ!)
しかし、元ライバルであるハロルドはその上をいった。
なんと同時に、騎士団の団長に上り詰めたのだ。
公爵家の身分があるとはいえ、これは異例のことらしい。
(くっ! 負けた!)
卒業後も会えば相変わらず張り合う関係は続いたせいもあり、敗北感を感じる。
夢の中で、くやしがっている自分を見ながら、アニスは思わず噴き出した。
こうやって見ると、わたしって本当に負けず嫌いね、とおかしくなる。
そして、楽しい気持ちのまま、夢の中の景色がぼんやりと薄れていき――。
(……あら?)
彼女は、ふと、自分が肌触りの良い何かに包まれていることに気が付いた。
目をつぶりながら体をもぞもぞと動かすと、上質な絹のような布が体に触れる。
(これ、なにかしら?)
アニスは薄っすらと目を開けた。
ぼやっとした視界がだんだんはっきりとしてきて、白い壁や立派な家具などが目に入る。
アニスは眉をひそめた。
見たことのない場所に戸惑いを覚える。
そして、くるりと寝返りを打って反対側を見て、
「――っ!!!!」
思わず大きく息を呑んだ。
そこにいたのは、白金色の髪に整った顔立ちの青年――宿敵ハロルドだった。
目を閉じてぐっすり眠っており、見えている体は裸だ。
目の前の光景が信じられず、何度も瞬きをするが、そこにいるのは間違いなく裸のハロルドだ。
「にゃああああ!!!!」
部屋の中に、アニスの叫び声が響いた。
本日はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました!
それではまた明日!