05.謎の石碑
「……今の何だったんだろう?」
アニスは首をかしげながら、池のほとりに佇む苔で覆われた石碑の前に立った。
もしかして、外に出るための装置か何かかもしれない、と、アニスは石碑を調べ始めた。
苔の下に何か文字が掘ってあるのを見つけ、近くに落ちていた尖った石でガリガリと苔を取り除く。
苔の下から現れたのは、古代文字だった。
石碑の表と裏に彫ってあり、暗号のようにも見える。
「ええっと、眠る……、守護……、災い……?」
断片的過ぎてよく分からないけど、何となく、縁起物とか魔除けっぽいな、と考える。
そして、助けを待つために、元居た宝物庫に戻ろうと石碑を離れようとした――そのとき。
「……ん? 今揺れた?」
突然、アニスは体に軽い揺れを感じた。
どこからか地鳴りのような大きな音が聞こえ、何かが崩れ落ちるような音と共に、天井からパラパラと小石が降ってくる。
「……っ! <防御結界>!」
アニスは慌てて石碑を抱えると、周囲に結界を張った。
小石が結界に弾かれ、澄んだ池にパチャパチャと音を立てて落ちる。
そして、揺れが収まると、アニスは息を吐いた。
地面に転がる色々な種類の小石をながめながら、今のは一体何だったのだろうと考える。
そして、通路を通って宝物庫に戻り、思わず目を見開いて立ち尽くした。
「……な、なにこれ!」
そこにあったのは、元の半分以下の広さになった元宝物庫だった。
入口は完全に閉ざされ、そばに寄ることすらできない。
「つ、詰んだ……!」
アニスがガックリと膝をついた。
ノロノロと隠し部屋へ通じる扉を閉めると、それを背に座り込んだ。
膝を抱えて、小さくつぶやく。
「大変なことになってしまった……」
助けが来たとしても、救助にはかなり時間がかかるだろう。
迷宮探索ということで非常食は多めに持ってきているが、もしも地下迷宮全体が崩れていたら、救助自体が難しいかもしれない。
何十年後かに、白骨化した状態で発見されることだってあり得る。
アニスは大きなため息をついた。
「はあ~、なんで最近こんなに上手くいかないんだろう……」
自分で言うのもなんだが、アニスは自分が物凄くがんばっていると自負している。
仕事も一切手を抜かずに取り組んできたし、上の期待に応えようと努力もしている。
親孝行もしてるし、常にちゃんとしようと心掛けている。
それなのに、フェリクスには婚約解消を迫られるわ、カトリーナとかいう妙な女が現れるわ、仕事は終わらないし、お金もたまらない。
挙げ句の果てに、今日は古代迷宮跡に閉じ込められる始末だ。
「きっと、わたしって、ものすごく運が悪い人間なんだわ……」
彼女はため息をついた。
こう考えると、アイツ(ハロルド)が来たのは大した話じゃなかったわね、と思う。
相変わらずムカついたけど、実害はなかった。
この状況になってみると、あの憎まれ口さえ懐かしく思う。
「……ヤバい。あいつがマシに思えるとか、わたし、精神的にキてるわ」
そして、アニスが途方にくれていた、そのとき。
(……あら?)
急に睡魔がアニスを襲った。
感じたことのないような眠気に襲われ、思わずその場に崩れ落ちる。
そして、何か夢を見たり起きたりを繰り返しながら、うとうとしていた、そのとき。
ガンッ! ガンッ!
ものすごい力で何かを打ちつけるような鈍い音が聞こえてきた。
地面から地響きのような振動が伝わってくる。
(もしかして、助けが来た?)
そんなことを思いながら、アニスは身を起こした。
耳を澄ませると、誰かが叫ぶ声が聞こえる気がする。
(ここにいること、知らせなきゃ)
アニスは必死に手に魔力を集めた。
つぶやくように詠唱する。
「……<氷矢>」
彼女の上空に氷の矢が3本浮かんだ。
アニスの手の動きに合わせて壁に向かって激突する。
バンッバンッバンッ
激突音が鳴り響き、小部屋が揺れる。
そして、その少し後に、ドカッという壁を叩くような音が3回聞こえて来た。
(助けが来たんだわ)
アニスは必死に立ち上がろうとした。
何とかもう1度魔法で位置を知らせようとするが、体が動かない。
(どうしたのかしら……)
遠くから、ドカッドカッ、という岩を砕くような音が近づいてくる。
そして、薄れる意識のなか、誰かが
「アニス! どこだ!」
と叫ぶ声を聞きながら、彼女は意識を失った。