エピローグ
大舞踏会から3か月の、秋の深まる夕暮れどき。
アニスは、すっきりと片付いた執務室で、熱心に書類仕事をしていた。
執務机の上には、ほどほどの量の書類が積んである。
しばらくして、アニスはふと顔を上げた。
立ち上がって伸びをすると、窓辺に歩み寄る。
窓の外は中庭で、赤や黄色に色づいた木々が冷たい風に揺れている。
「……秋って感じね」
窓の外の紅葉をながめていると、ガチャリとドアが開いた。
ニーナが顔を出す。
「アニスさん、頼まれていた仕事終わりました」
「ありがとう。そこに置いておいてくれる?」
大舞踏会の後、アニスは元の生活に戻ると同時に、今までのやり方を改めた。
まず、ヘクトールが押し付けてくる仕事を全て断るようになった。
ヘクトールは、
「頼むよ~、君には期待しているんだよ~」
「最近ちょっと腰が痛くて辛いんだよ」
などと言って粘ったが、アニスはきっぱり断った。
「自分の仕事は自分でやってください。ご無理なら、引退してはいかがですか?」
これにはヘクトールも引き下がるしかなく、お陰で仕事量が3分の1になった。
ニーナや他の信頼できる人間に仕事を割り振るようになり、更に仕事を減らすことに成功し、時間に余裕のある生活を送れるようになった。
加えて、彼女は親への仕送りを断った。
「親不孝者!」
「育ててもらった恩を忘れたのか!」
など散々言われたが、アニスは無視した。
正常な親は娘に金の無心などしないし、送った金で贅沢三昧していることが分かったからだ。
仕送りを止めたお陰でお金に余裕ができたため、
新しい服を買ったり、本を買ったり、人生を楽しむためにお金を使うようになった。
(……なんだか、生きやすくなった気がするわね)
アニスはググ―ッと伸びをした。
時間ができたので部屋も片付けられたし、読みたい本も読めるようになった。
魔法の練習時間も取れるようになり、腕も更に上がった気がする。
(自分の人生を生きてるって感じがするわ)
そして、もうひと頑張りしようと席に戻ろうとした、そのとき。
コンコンコン
ノックする音が聞こえてきた。
ドアが開いて、騎士服姿のハロルドが入ってきた。
アニスを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「仕事の方はどうだ?」
「ええ、今日の分は大体終わったわ。どうしたの?」
アニスが尋ねると、ハロルドが一通の手紙を出した。
「さっき、オズワルドから連絡があったんだ。例の本が見つかったらしい」
アニスは目をぱちくりさせた。
「例の本って、もしかして人間に戻るために探してもらっていた本?」
「ああ、辺境の図書館で見つかったらしい」
「まあ! それはぜひ読んでみたいわ」
ハロルドが口角を上げた。
「では、今からウィンツァー公爵家に行かないか? 見せてもらおう」
「いいの?」
「ああ、もちろんだ」
アニスは手早く書類を片付けると、ハロルドと共に馬小屋に向かった。
それぞれ馬に乗ると、公爵家に向けて出発する。
貴族街を馬で歩きながら、アニスは周囲を見回した。
前に通った時は緑色だった街路樹が、すっかり紅葉している。
(時間の経過を感じるわね)
そして公爵邸に到着すると、執事が出迎えてくれた。
オズワルドは、少し前に外に出たらしい。
「すぐに戻ってくると言っておりましたので、直に戻るかと」
ハロルドがアニスの方を振り向いた。
「少し散歩しながら待たないか?」
「ええ、いいわ」
アニスはハロルドと共に庭園に向かった。
夕日に照らされた庭園にとても静かで、秋の花が美しく咲き乱れている。
アニスはそっと横を歩くハロルドを見上げた。
猫から人間に戻って、当たり前ではあるが、アニスはハロルドの部屋を出た。
自分の寮に戻り、1人での生活を再開する。
(やっぱり人間っていいわね! 1人っていうのも気楽だわ!)
そんなことを考える。
しかし、数日経つと、アニスは寂しさを覚えるようになった。
王宮内を歩く度に、どこかにハロルドがいないかな、と目で探すようになる。
ハロルドもそれは同じだったようで、数日後に食事を一緒にしないかという誘いの手紙が届いた。
アニスは喜んでそれを受けて、一緒に王都の街に行って楽しく食事をする。
それからも、2人は頻繁に会った。
アニスからお菓子を持って執務室に行くこともあれば、こうしてハロルドが何か誘いに来ることもある。
食事も一緒に食べることが増え、最近では昼食を一緒にとることもある。
(なんだかんだ、毎日会っている気がする)
アニスは彼の端正な横顔を見上げた。
猫だったときも、猫じゃなくなってからも、彼はずっと自分に寄り添って支えてくれた。
アニスも、彼に何かしてあげたいし、支えたいと思っている。
一緒にいると、とても落ち着くし、ずっと一緒にいたくなる。
(……これは、きっとそういうことなんだわ)
彼女は、隣を歩いているハロルドの腕にそっと手を掛けた。
気持ちを落ち着けるように深呼吸したあと、ゆっくりと口を開く。
「ねえ、最近私たち、よく会っているわよね」
「そうだな」
「たぶん、毎日会っているわよね」
「ああ、そう思う」
アニスがハロルドの目を見上げた。
「わたし、思うんだけど、ここまでよく会うなら、一緒に住んだ方が良いと思わない?」
ハロルドが立ち止まった。
驚いたように目を見開く。
アニスはそんなハロルドに微笑んだ。
「あのね、前に言ってくれた、ふわふわのクッションでいっぱいの部屋とか、チョコレートケーキの得意な料理人とか、わたし、すごく興味があるの。あの話って、まだ有効かしら?」
「ああ、もちろんだ。それと、花がいっぱい咲く庭園を作ろう」
ハロルドが、幸せそうに微笑みながらアニスの目を見た。
アニスの頬に指先でそっと触れ、その身を抱き寄せる。
「アニス、愛してる」
「わたしもよ、ハロルド」
アニスが、ハロルドの背中に手を回した。
伝わってくる温もりに、そっと目をつぶる。
薔薇色の空の下、木々が夕日を浴びて美しく輝く。
庭の草花が、2人を祝福するように、静かに揺れていた。
(完)
これにて完結です。
お読み頂きありがとうございました!
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楽しく投稿できたのは、皆様のお陰です。 ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-
最後に。
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