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01.大舞踏会①(※フェリクス視点)

 

 アストル王国では、春と秋に「大舞踏会」が開かれる。

 多くの貴族たちが参加することから、重要な社交の場であると同時に、重要な発表が行われる場ともなっている。



 ――そして、今日。


 春の「大舞踏会」当日。


 王族専用の控室の1つで、黒を基調とした豪華な服に身を包んだフェリクス王子が、ソファの上でくつろいでいた。


 彼は舞踏会が好きである。

 自分の美しさや高貴さを周囲に知らしめるチャンスだからだ。


 前回までは、婚約者であった魔力しか能のない女――アニスと入場しなければならなかったが、今回は美しいカトリーナと一緒だ。

 否が応でも気持ちが上がる。



(麗しい彼女こそが私に相応しい)



 彼が口角を上げながらワインに口をつけていた、そのとき、



 コンコンコン



 ドアをノックする音が聞こえてきた。

 フェリクスの「入れ」という声の後にドアが開いて、2人の男女が入ってきた。


 1人は美しく着飾ったカトリーナ、もう1人は豪勢な服に身を包んだラウゼン侯爵だ。


 カトリーナが嬉しそうに微笑んだ。



「フェリクス様! そのお召し物、すごく素敵です! 黒もお似合いです!」



 フェリクスは満面の笑みを浮かべてカトリーナの頭をなでる。

 そして、つとラウゼンに近づいて声を落とした。



「……あの女の件はどうなった?」

「はい、問題ありません。刺客たち(手の者)からは、アニス(彼女)は『自然死』で処理されたと連絡が入りました。今は現地で証拠を隠滅させている状態です」



 フェリクスが満足そうにうなずいた。



「これでもう心配事はなくなったな」

「はい、問題なく」



 ラウゼンが恭しく頭を下げる。

 フェリクスは、美しく笑った。



「ここからは私に任せておきたまえ。こういった演技は得意だからね。せいぜい悲しみに暮れる婚約者を演じてみせるよ。次期国王にふさわしい慈悲深さを持つ王子としてね」

「期待しております、殿下。――カトリーナ、お前も分かっているな」

「はい、私は殿下を支える控えめな娘です」



 カトリーナが神妙な顔でうなずく。




 ――と、そのとき。



 コンコンコン



 控えめなノックの音が聞こえて来た。

 廊下から、「殿下、そろそろです」という声が聞こえてくる。


 フェリクスは立ち上がった。



「それでは私は行くよ。カトリーナ、行こう」

「はい、フェリクス様」



 フェリクスは使用人の開けた扉から出ると、赤絨毯が敷き詰められた廊下を悠然と歩き始めた。

 その後ろから、カトリーヌが静々と付いていく。


 案内に連れられて、会場に隣接する部屋に到着すると、そこにはすでに王族が集まっていた。

 父である国王と、母である王妃、兄である第1王子や弟や妹たちだ。


 フェリクスは第1王子を見てほくそ笑んだ。

 お前がそこにいれるのもあと少しだ、と心の中で嘲笑う。


 そして、



 パンパカパーン!



 ファンファーレの音と共に、会場の扉が開いた。

 そこにはたくさんの着飾った貴族たちが待っており、壇上に入場してきた王族たちを見上げながら笑顔で拍手をしている。



(さて、始めるか)



 フェリクスは思い切り悲しそうな顔を作ると、会場に足を踏み入れた。

 やや肩を落として王族用の椅子に座る。


 カトリーナも、健気な表情でその後ろに立つ。



 貴族たちがひそひそ声を立てた。



「フェリクス様、落ち込んでいらっしゃるな」

「無理もありませんわ。婚約者がお亡くなりになってしまったのですもの」

「気の毒に。ずいぶん大切にされていたそうじゃないか」



 あちこちから同情の声が上がる。


 その後、恒例の“王族からのお言葉”が始まった。

 国王、王妃、第1王子、の順に、それぞれ近況や貴族たちへのメッセージを話していく。


 そして、第3王子のフェリクスの番になると、彼は悲しそうな顔を作って立ち上がった。

 前に出ると、貴族たちを見下ろしながら、ゆっくりと口を開く。



「……今日は私の人生で最も悲しい話をしなければならない。私の最愛の婚約者であるアニス・レインが、任務中に亡くなった」



 フェリクスは辛そうに、この3か月について話し始めた。


 自分が捜査統括者として、必死に探したことをアピールし、

 その途中で、さりげなく支えてくれた人としてカトリーナを紹介する。


 人々はざわめきあった。



「あれは恐らく新しい婚約者候補だな」

「最愛の婚約者を亡くしてすぐに新しい婚約者なんて、王族として仕方ないとはいえ、フェリクス殿下もお気の毒だな」

「あの女性が、殿下の傷を癒せればいいわね」



 彼らの同情的な様子をながめながら、フィリクスは大満足していた。

 計画通り過ぎる展開に、心の中で笑いが止まらない。


 そろそろ仕上げをしようと、彼は一層悲し気な顔を作って口を開いた。



「彼女との思い出を挙げればキリがない。彼女とはよく旅行に出かけ、共に同じ風景を見た。欠かさず夜は共に食事をし、お互いの夢を語り合った。彼女が提出するという論文を手伝ったこともある。彼女がくれたこのハンカチも、肌身離さず持っている」



 彼はポケットから刺しゅう入りのハンカチを取り出すと、辛そうに視線を伏せた。



「彼女との思い出があまりに美しかったせいか、今でも毎晩彼女が笑顔で笑う夢を見るんだ。そして朝になるといないことを実感する」



 会場の何人かがすすり泣きながらハンカチに目を当てる。



(ふん、ちょろいな)



 そう思いながら、ハンカチを胸に押し当てて、辛そうな顔を作るフェリクス。

 そして、「そろそろ潮時だな」と、話を終わらせようとした――



 そのとき。



「――お待ちください、フェリクス殿下」



 会場に、落ち着いた女性の声が響いた。


 声の方向を見ると、1人の女性が会場の前方に歩いて来ているのが見えた。

 金髪に紫色の美しいドレスを着ており、美しい容姿をしている。


 その只ならぬ雰囲気に、貴族たちが自然と道を開ける。


 フェリクスは訝しげに女性を見た。

 遠くてよく見えないが、何となく知っているような気もする。



(誰だ……?)



 女性は、王族が座っている壇上の前でゆっくりと立ち止まった。

 丁寧にカーテシーをして、軽く顔を上げる。


 そして、頭に手をやって、金色の髪の毛をグッと引っ張った。

 髪の毛が取れ、下から茶色の艶やかな髪の毛が零れ落ちる。



「……っ!!」



 その顔を見て、フェリクスが驚愕の声を上げた。



「ア、アニス!」



 その声を聞いて、会場に動揺が広がる。

 「え?」「どういうことだ?」といった声が聞こえてくる。



 そんな中、アニスはフェリクスを見上げると、にっこり笑った。



「ごきげんよう、殿下。あなたの愛しの婚約者、アニス・レインです」




続く




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