02.大舞踏会②
時は遡ること、10分前。
壇上のフェリクスが、悲しそうな顔でアニスについての愛を語っていたころ。
アニスは、ハロルドと共に会場の奥に立っていた。
紫色のドレスに金髪のカツラ、手には顔を隠す用の扇を持っている。
彼女は、ペラペラと噓を吐くフェリクスを、冷めた目で見た。
(ここまで来ると、怒りを通り越して、ドン引きね……)
横に立っているスーツ姿のハロルドも同じ感想のようで、冷たい目で王子を睨んでいる。
そして、王子の話が終盤に入ると、彼は身を屈めて小声で言った。
「そろそろ話が終わりそうだ。行くか」
「そうね」
ハロルドは、アニスを真っすぐな目で見た。
「ウィンツァー公爵には話を通してあるから、遠慮せずにいくといい」
「ありがとう」
アニスは軽く微笑んで見せると、前方に向かって歩き始めた。
離れた後ろから、ハロルドもゆっくり付いて行く。
ぺらぺらと嘘をしゃべるフェリクスの顔をながめながら、アニスは心の中でため息をついた。
こんな人が婚約者だなんて、信じたくない気持ちでいっぱいだ。
そして、彼女は壇上の前に立ち止まった。
フェリクスを除く国王陛下他王族に向けて、丁寧なカーテシーをする。
そして、カツラを取ると、フェリクスに向かってにっこり笑った。
「ごきげんよう、殿下。あなたの愛しの婚約者、アニス・レインです」
「……っ!!」
フェリクスが、驚愕と怯えが入り混じった表情を浮かべた。
前に出た女性の正体が、死んだはずのアニス・レインだと分かり、会場は騒然となった。
「まさか死者が蘇ったの?」
「そんな馬鹿な」
「じゃあ、幽霊……?」
などという声があちこちで上がる。
フェリクスが、震える手でアニスを指差した。
「さ、さては、アニスを装った偽物だな! この無礼者!」
まあ、そう言うしかないわよね。とアニスは冷めた目で王子を見た。
でも、対策はちゃんと考えてある。
「――発言を失礼いたします」
フェリクスの震え声を遮るように、落ち着いた声が会場に響いた。
アニスの後方からハロルドが近づいてきて、彼女の少し後ろに立ってお辞儀をする。
「この者は間違いなくアニス・レインです。それは騎士団長である私が保証します」
会場から、ホッとしたようなざわめきが起きた。
「とりあえず幽霊ではないらしいな」
「でも、さっき殿下が死んだとおっしゃっていたわよね?」
そんな声が聞こえてくる。
アニスが、国王に向かって頭を下げた。
「陛下、どうかわたしに訂正の機会をお与えください」
「……いいだろう」
国王が動揺しながらもうなずく。
アニスは一礼をすると、驚愕の表情を浮かべるフェリクスに向かって静かに口を開いた。
「殿下。わたしの生死を含め、幾つか訂正させて頂きたいことがございます」
「……な、なんだ」
フェリクスが動揺した顔する。
「まず、わたしはご覧の通り死んでおりません。危ないところでありましたが、こうして生きております。――それと、殿下は先ほど、わたしと何度も旅行に行った、夕食を共にした、論文を手伝った、など仰っておられましたが……」
目を白黒させて黙り込むフェリクスに、アニスがきっぱりと言った。
「わたしは一度も殿下と旅行に行っておりませんし、夕食を共にしたことも、論文を手伝って頂いたこともございません」
会場にざわめきが広がった。
「どういうことだ?」
「先ほどの殿下の話は嘘だったのか?」
「いや、アニス・レインが嘘をついているかもしれないぞ?」
などという声が聞こえてくる。
すると、会場の奥から、若い女性が出て来た。
「カドレア侯爵家のニーナです」
と、国王に向かって丁寧なカーテシーをすると、大きな声ではっきりと言った。
「先ほどのアニスさんの言葉については、私が証人となります。一緒に働き始めてから5年間、アニスさんは休みを取ったことは一度もありません。いつも執務に追われ、夕食は執務室や食堂でかき込むように食べていました」
それに。とニーナが渋い顔をした。
「アニスさんは当代きっての魔法士の1人です。魔法が専門ではない殿下に、彼女の論文を手伝うのは難しいかと思います。――もっとも、アニスさんが殿下の論文を手伝っているのはよく見かけましたが」
フェリクスが真っ青な顔で目を逸らす。
この状況を見て、会場の人々が囁き合った。
「何だか話が違うぞ」
「あれは嘘だったってこと?」
などと疑問の声が上がり始める。
アニスは、フェリクスの手にあるハンカチを指差した。
「それと、そのハンカチは、わたしが差し上げたものではありません」
「な、なにを言う! お前がくれたものではないか!」
必死に言いつのるフェリクスに、アニスが冷静な目を向けた。
「わたしはそもそも刺繍ができません」
「お前の勘違いだ! これは間違いなくお前からの物だ!」
「……では、そのハンカチ、見せて頂けますか?」
「なっ! これは私のものだぞ!」
フェリクスが嫌がると、黙って話を聞いていた王妃が口を開いた。
「フェリクス、やましいところがないのであれば見せてやりなさい」
「……」
フェリクスは渋々使用人にハンカチを渡した。
それをアニスが受け取る。
彼女は、魔力を軽く高めると静かに詠唱した。
「<創造主特定>」
ハンカチが緑色の光を放った。
その光から矢印が出て、後ろに立っているカトリーナの手につながる。
「この魔法は、作った人物を特定する魔法です。そのハンカチを刺繍したのは後ろにいるカトリーナさんのようね」
「……っ!!」
フェリクスとカトリーナの顔が真っ白になった。
決定的な証拠が出たことにより、会場の空気が一気に懐疑的なものに変わる。
アニスは、冷静に口を開いた。
「先ほど、殿下はわたしを愛しており、大切にしていたと何度もおっしゃっていました」
しかし。とアニスは震えるフェリクスを見据えた。
「邪険にされた覚えはたくさんありますが、愛された記憶などありません。――先ほどの殿下の話は、全て事実無根であると訂正させて頂きます」
彼女の言葉に、会場がシンと静まり返った。
誰も何も言わないが、軽蔑の視線をフェリクスに注がれる。
アニスは、軽く息をついた。
やっと本当のことが言えた、とホッとした気持ちになる。
(でも、まだ半分。本番はここからよ)
アニスがチラリとハロルドを見た。
ハロルドが、分かったという風に軽くうなずく。
そして、彼は前に一歩出ると、国王に向かってお辞儀をして、ゆっくりと口を開いた。
つづく