12.アニス・レイン発見の知らせ(※別視点)
アニスの捜索の期限の直前にあたる、事件から75日目。
フェリクス王子が、険しい顔で大学の構内を歩いていた。
すれ違う人が挨拶をするのも目に入らない様子で、ひたすら前に進んでいく。
そして図書館に入ると、目を白黒させる司書から、いつもの小部屋の鍵をひったくるように取った。
小部屋のドアを乱暴に開けると、鍵をかける。
そして、窓際に近づくと、いつも通り後ろ向きにベンチに座っている男――ラウゼン侯爵に声を掛けた。
「聞いたか!」
「……少々お待ちください」
ラウゼンが落ち着いた声で返事をすると、素早く防音結界を張る。
フェリクスは、ドカンと椅子に座ると、神経質そうに机をコツコツと叩いた。
「アニスが発見されたそうだ」
「……っ!」
外から驚いたように息を呑む声が聞こえてきた。
「……それは、事実ですか?」
「ああ、間違いない。ここに来る直前に報告が上がってきた。今日の昼過ぎに迷宮の奥からフラフラになった状態で出て来たらしい」
ラウゼンが慎重そうな声を出した。
「それは、本当にアニスなのですか?」
「報告に来た騎士に確認したが、間違いないそうだ。崩落に巻き込まれたので、地下を掘って抜け出した、と言っていたらしい」
ラウゼンは考え込むように口を開いた。
「地下からですか、それは想定外でしたな。――それで、彼女は今どこに?」
「魔力切れで倒れ、近くの街で眠っているそうだ」
そして、フェリクスは我慢できないように立ちがった。
「どうするんだ! 彼女が見つかってしまっては、今までの計画は台無しだ!」
「確かに、彼女が見つかった以上、カトリーナとの話も、王位継承の話もなくなるでしょうな」
しかし。とラウゼンが淡々と言った。
「彼女はまだ王都に戻ってきてはおりません。このまま戻ってこないようにすれば良いだけです」
「……そんなことができるのか? 相手は当代一の魔法士だぞ?」
ええ。とラウゼンがうなずいた。
「今晩中であれば可能かと」
「……どういう意味だ?」
「魔力切れの昏倒中であれば、丸1日は起きません」
フィリクスが、ホッとしたように座った。
「……なるほど。では任せて良いのだな?」
「ええ。すぐに精鋭を送ります。古代迷宮に細工をした手練れたちです」
「なるほど、それは信頼できそうだな」
フィリクスが立ち上がった。
「では、朗報を待つことにしよう。来週の大舞踏会は問題なく出席できると考えてもいいな?」
「ええ、もちろんです。黒で参加されることになるのは、ご容赦頂きたいところですが」
「かまわない」
フィリクスが機嫌よく小部屋から出るのを見計らって、ラウゼンもゆっくりと立ち上がる。
*
この日の深夜。
古代迷宮にほど近い街の近くに、馬に乗った3人の男が現われた。
黒装束を身に纏い、動きに一切隙が無い。
彼らは森の中に馬を停めると、街を囲む石壁を超えて街中に入った。
闇に紛れて街を走り抜け、やや中心から外れたところにある1軒の宿屋に到着する。
男の1人が、2階の端の部屋を指差した。
他2人が無言でうなずく。
うち1人が、小さく囁いた。
「昏倒しているとはいえ、相手は当代一の魔法士だ。油断するな」
「はっ」
3人は音もなく屋根に登った。
端の部屋の窓に何か差し込んで、音を立てないようにゆっくりと開ける。
部屋に忍び込むと、そこは大きな部屋で、ベッドには誰かが横たわっていた。
近づいてもピクリとも動かない。
男の1人が、その顔を確認した。
振り向くと、指で丸を作ってうなずいてみせる。
そして、3人はナイフを取り出すと、ベッドの人物に向かって慎重に構えた。
一斉に飛び掛かろうという算段だ。
しかし、次の瞬間。
「……遅かったわね」
ベッドに横たわっていた人物がむくりと起き上がった。
「……ぐ」
「……っ!」
ほぼ同時に後ろの2人が倒れる。
前に立っていた男が慌てて後ろを振り返ると、そこには背の高い上品な男が立っていた。
「ハ、ハロルド・ウィンツァー!」
男は素早く逃げようとした。
作戦の失敗を主に伝えなければならない。
しかし、
「ぐっ!?」
どういうわけか体が動かない。
ベッドの人物は起き上がると、にやりと笑った。
「動けないわよ。魔力でぐるぐる巻きにしてあるから」
その顔を見て、男は思わず叫んだ。
「アニス・レイン! 昏倒しているんじゃ!?」
アニスは、ニヤリと笑った。
「うん、まあ、そういうことになっていたって感じね」
そして、男2人を縛り上げていたハロルドに合図すると、にっこりと笑った。
「さて、じゃあ、色々とお話聞かせてもらおうかな」
これにて第3章終わりです。
次から第4章です。




