06.裏の顔
そのとき、フェリクスが、窓の外に目を向けずにコホンと咳払いをした。
机を何度かノックする。
それが合図だったのか、男は後ろ向きのまま一礼すると、ゆっくりと口を開いた。
「ようこそフェリクス殿下。本日も幾つかご報告がございます」
「聞こう」
男は再度一礼すると、淡々と口を開いた。
「例の反対派の説得工作ですが、少々苦戦しておりまして、もう少し時間がかかるかと」
「ふん、年寄りどもは頑固だからな。まあ大舞踏会に間に合えばそれでいい」
「承知いたしました。それと……」
淡々と続く2人の会話を聞きながら、アニスは思案に暮れた。
もしかして、これは秘密の打ち合わせといった感じだろうか。
(でも、抽象的過ぎて何の話だかよく分からないわね……)
そして、しばらくして。
フェリクスが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、我が愛しの婚約者の捜索はどうなっている」
「非常に順調です。昨日も入口付近の捜索を進めたそうで、奥には足を踏み入れもしていないそうです」
フェリクスが爽やかに言った。
「踏み入れたとしても対処はしてあるのだろう?」
「はい、あちこち塞がっておりますので、辿り着くことすら困難かと」
アニスは目を見開いた。
これは、明らかに古代迷宮の捜索の話だ。
息を殺して聞き耳を立てていると、こんな会話が聞こえてきた。
「そろそろ、お前の娘を、新しい婚約者として皆に紹介する算段を整えねばならんな」
「よろしくお願い致します。そもそも、あの女がいなければ、我が娘が婚約者に選ばれたはずですから、特に文句を言う者はいないかと」
「そうだな。あるべき姿に戻っただけ、とも言えるな」
アニスは雷に打たれた様に固まった。
新しい婚約者、ということは、おそらくカトリーナのことだ。
(つまり、この男はカトリーナの父親ってこと……?)
その後、2人は話を終わらせると、フェリクスが窓を閉めた。
満足げに微笑むと、席を立って小部屋を出て行く。
アニスは一緒に部屋を出ると、フェリクスが研究室に戻るのを確認して、走り出した。
大学構内の物陰を伝うように走り、王宮に忍び込むと、そのまま騎士団本部建物までダッシュする。
途中で隠密の魔法が切れ、
「あれ、団長の従魔?」
と誰かに声を掛けられるが、そんなものは気に留めず階段を駈け上がる。
そして、ハロルドの執務室に到着すると、ガリガリとドアをひっかいた。
すぐにドアが開き、ハロルドが嬉しそうな顔で出迎える。
「遅かったな。心配したぞ」
「にゃあ! にゃあああああ!!」
アニスはハロルドに飛びつくと、必死に訴えた。
大変なことを聞いてしまったの! と手を振り回しながら猛烈に目でアピールする。
ハロルドが怪訝な顔で、にゃあにゃあ騒ぐアニスを見つめた。
もしかして、と言う風にしゃがみ込んだ。
「お腹が減っているのか?」
「にゃー!!!!」(ちがーう!)
アニスが全力で左足を上げる。
しかし、
グウウウゥ
アニスのお腹が盛大に鳴った。
慌てていてすっかり忘れていたが、お腹がとても空いていたらしい。
ハロルドが思わずといった風に吹き出した。
執務机の上を軽く片付けると、アニスを肩に乗せて騎士団本部を出る。
「少し早いが、食堂で夕食を食べて帰ろう」
アニスは、力なく「にゃあ」と鳴くと、ため息をついた。
お腹が勝手に返事をしたせいで、単にお腹の空いた猫だと思われてしまった。
アニス自身も、朝食から何も食べていないことを思い出し、一気に力が入らなくなる。
(困ったわね……、これじゃあさっきの話が通じる訳がない)
伝えたいことは、
『フェリクス殿下とカトリーナの父親が結託して、アニスを迷宮から助け出さないための工作をしている! しかも何か企んでいるっぽい!』
ということなのだが、こんな複雑な話をどうやって伝えれば良いのか見当がつかない。
(どうしよう……)
食堂でパンケーキをもぐもぐ食べながら、アニスは思案に暮れた。
「はい」と「いいえ」だけで、どうやってこの複雑な内容をハロルドに伝えるか頭を悩ませる。
そんなアニスを、ハロルドが考えるようにジッと見つめる。
そして、部屋に戻ると、ハロルドがアニスをソファの上に乗せた。
少し空けて隣に座ると、真剣な目で見る。
「それで、何が言いたいんだ? 何か話したいことがあるのだろう?」
「にゃあ!」(そう!)
アニスがビッと右足を上げた。
どうやらハロルドはアニスが何か伝えたがっていることを察していたらしい。
彼女は、必死にハロルドに訴え始めた。
にゃあにゃあと鳴きながら、通じてくれという願いを込めながら、体で文字を作る。
(フェ! リ! ク! ス!)
必死に体を動かして、どう? という目でハロルドを見る。
ハロルドは、ふうむ、と考え込むと、ため息をついた。
「踊る猫にしか見えんな……」
そして、少し考えた後、こんな質問をした。
「今日はどこにいた? 王宮内か?」
アニスがピシッと左手を上げると、ハロルドが「王宮の外か……」とつぶやく。
「城壁の上に行って来たのか?」
「……」(左足)
「魔法士団の訓練場か?」
「……」(左足)
ハロルドが考えながら言った。
「もしかして、大学か?」
「にゃ!」(右足)
「なるほど、……ということは、もしかしてフェリクス殿下か?」
「! にゃーん!」(右足)
アニスは嬉しくて飛び跳ねた。
とりあえず主語が伝わった!
ハロルドが腕を組んだ。
「……フェリクス殿下が、アニス・レインの悪口を言っていたのか?」
「……」
アニスは苦悩の表情で、右と左の両方を上げた。
陰謀についてなので、悪口ではないが、違うとも言い切れない。
その姿を見て、ハロルドが考え込んだ。
「……つまり、その悪口の内容に問題があったんだな?」
「にゃ!」(そうそう! その通り)
とんでもないことを言っていたの! と、にゃあにゃあ鳴いて訴えるアニス。
そこから、2人は何とか意思疎通しようと試行錯誤を繰り返した。
ハロルドが質問をし、アニスが足を上げたり踊ったりしながらがんばって伝える。
途中くじけそうになるものの、お互いに励まし合い、何とか続けていく。
そして、夜が白み始めた頃。
ようやく意思疎通が終った2人は、倒れるようにベッドに入った。
本日はここまでになります。
お読み頂きありがとうございました!
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-
ちなみに、早いもので、完結まで恐らくあと3日ほどとなりました。




