03.第2騎士団長ハロルド
騎士服姿の男性はゆっくりと入ってくると、丁寧にお辞儀をした。
アニスに爽やかに微笑みかける。
「お久し振りです、アニス・レイン第2魔法士団副団長殿。相変わらず綺麗なお部屋ですね」
「ありがとうございます。ハロルド・ウィンツァー第2騎士団長。女性からの贈り物であふれているそちらのお部屋よりは幾分か綺麗かもしれませんね」
アニスは、うるさいわね、とばかりに、彼を睨みつけた。
ちなみに、彼は、王立高等学校時代の同期だ。
アニスのいた魔法科と、ハロルドのいた騎士科の仲が悪かったことに加え、成績も拮抗していたため、2人はよくバチバチやりあった。
そして、それが卒業してからも続き、会えばこんな感じで嫌味の応酬をすることが習慣になっている。
身構えるアニスに、ハロルドが微笑んだ。
「そういえば、副団長殿は、最近お暇だそうですね」
「っ! 暇なわけありません! 一体どこが暇に見えるんですか!?」
何を言っているんだ、とアニスが言い返すと、ハロルドが涼しげな顔をした。
「婚約者の代わりに論文を書いていらっしゃるとお聞きしまして」
「……っ!」
アニスがギロリとハロルドを睨んだ。
いつもなら「いつも女の子とイチャついてる騎士団長様には負けます」とかやり返す所だが、今日は色々あったせいもあって反論できない。
アニスが、ふん、とばかりに言った。
「それで、何の用ですか? こっちはどっかの騎士団長みたいにフラフラしてる時間はないのですけど!」
強がるようなアニスの様子に、ハロルドが軽く眉をひそめた。
その目にほんの一瞬心配そうな色が浮かべるが、何事もなかったように口を開く。
「リードの地下迷宮跡に行くそうですね」
「ええ、そうです」
「非常に広い上に、もろくなっている部分もあると聞いております。どうぞお気を付けて」
声の調子がいつもとは違う気がして、アニスはハロルドを見上げた。
読めない表情はしているが、珍しく真面目な表情をしている。
一応心配しているのかしら、と思いながら、アニスは、ツンと横を向いた。
「ええ、分かりました。問題ありません」
「なるほど。学園時代に地下迷宮で大魔法を使って生き埋めになりそうになった時とは一味違う、という訳ですね」
「っ! うるさいわね! 昔のことでしょ!」
思わず敬語が落ちたアニスを見て、ハロルドが思わずといった風に笑う。
そして、持っていた巻物を彼女に差し出した。
「これをどうぞ」
「……なにこれ」
「公爵家にいる魔道具師の収蔵品です。きっとお役に立つと思いますよ」
そう言うと、ハロルドが「では私はこれで」と一礼をして去って行く。
ニーナが、ため息をついた。
「相変わらず仲が良いですよね」
「……どこがよ」
「喧嘩するほどって言うじゃないですか」
「そんな訳ないじゃない」
アニスが機嫌が悪そうな顔をする。
そして、そういえば、これって何かしら、と巻物を開けると、それは地図だった。
上の方を見ると、これから行く古代迷宮跡の名前が書いてある。
「もしかして、これって探してた地図?」
裏を見ると、誰かの収蔵品であることを示すマークが付いていた。
どうやら、わざわざ借りてきてくれたらしい。
アニスは複雑な気持ちになった。
それならそうと言ってくれればいいのに、と睨みつけたことを少し後悔する。
(悔しいけど、任務から戻ってきたらお礼を言いに行かないと)
その後、アニスたちは急いで準備を済ませると、馬で古代迷宮跡に向かった。
(この任務が終ったら、お礼を言いに行かないと)
そんなことを考える。
――しかし、アニスはこの時知らなかった。
約半日後、自分がお礼を言うどころじゃないピンチに陥ってしまう、ということを――。
後から出てきますが、ハロルドは、ウィンツァー公爵家の御子息様です。