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私のことを(たぶん)嫌いな騎士団長様は、"猫"を拾ったつもりらしい  作者: 優木凛々
第3章 魔法士アニス、見えなかったものが見えてくる
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01.元に戻れる見込みが出て来ると、現実的に考えてしまうもので

 

 古代迷宮から戻ってきた、4日後の夕方。


 アニスは、ハロルドの部屋の机の上にちょこんと座りながら、石碑の中に入っていた魔法陣の写しとにらめっこしていた。



(ええっと……、これがこっちだから……)



 時々、横に置いてある古びた魔法書や参考書を開き、器用に前足でぺらぺらとめくる。

 そして、うんうんと唸ること、しばし。


 彼女は、はあ、とため息をついた。



(難し過ぎる……)



 魔法陣を読み解くのは割と得意なはずなのだが、これはさっぱり分からない。

 何か特殊な知識が必要な気がする。



(ちょっと休もう)



 頭から煙が出そうになって、アニスは机から飛び降りた。

 新しく買ってもらったアニス専用のふかふかのソファに飛び乗ると、同じく買ってもらったふかふかのクッションの上に丸くなる。


 そして、ふと、ソファの横の箱に入っている、両親からの手紙に目をとめて、はあ、とため息をついた。



(なんか、色々考えちゃうわね……)



 思い出すのは、3日前のことだ。




 *




 古代迷宮から戻って来た翌日。

 仕事から帰ってきたハロルドが、これから魔法士団本部に行かないかと誘ってきた。



「自分の執務室に行きたいと言っていただろう?」



 どうやら、満月に元に戻った際にお願いしたのを覚えていてくれたらしい。


 という訳で、アニスはハロルドに連れられて、自分の執務室に向かったのだが……



(えええ! 何よこれ!)



 なんと、執務机の上には、行方不明になる前と変わらず、山のような書類が積まれていた。

 見ると、ヘクトールからのメモがついており、

「崩落事故から戻ったら、この仕事をやっておいてくれ」

 と書かれている。


 しかも、両親から2通ほど手紙が来ており、

 その内容は、全てお金の催促で、

「送金がなくて困っている」「事故から戻ったらすぐに送金してくれ」

 といったことが書いてあった。



(……この人たち、自分のことしか考えていないのね)



 アニスは、思わず遠い目をした。

 猫になってからずっと、ヘクトールと両親には迷惑をかけて申し訳ないなと思っていた。

 仕事も仕送りもちゃんとできないし、心配させてしまっているだろうと思ったからだ。


 しかし、この状況を見る限り、どうやら彼らは全く心配していないらしい。

 無事だという前提でいてくれることは嬉しいが、何とも言えない気持ちになる。



(人間に戻ったら、すぐに激務に追われることになりそうね……)



 1つ気になると、次々と気になるもので、アニスは人間に戻った時のことをあれこれ考えるようになった。



(フェリクス殿下とはどうなるのかしら)



 今王宮を飛び交っている、「アニスから婚約解消を申し出た」というデタラメは否定しようと思っている。

 でも、そうなったら、フェリクスとの婚約は継続になってしまうのではないだろうか。



(そもそも、この婚約の目的って、王家の血にわたしの血を入れることだものね)



 となると、もしフェリクスとの婚約を回避できたとしても、今度は別の王族と婚約させられるのではないだろうか。

 そうしてまた凄い量の仕事をさせられたり、邪険に扱われたり、我慢を強いられることになるのだろう。



(はああぁ~~……)



 ソファに寝そべりながら、アニスは深いため息をついた。


 人間に戻りたいとは思うし、戻らなければとは思う。

 でも、戻った時のことを考えると、ものすごく気が重い。



(きっと、戻れる見込みが出てきたから、現実的に考えるようになったんだわ)



 そして、ため息をつきつつも、魔法陣の解析をしないと、と考えていると、



 ガチャガチャ



 鍵を開ける音が聞こえてきた。

 扉が開いて、騎士服姿のハロルドが帰って来る。


 彼は、新しいソファの上でくつろぐアニスを見て、嬉しそうに微笑んだ。



「ただいま、アニス」



 そして、机の上に散らばっている本や紙を見て、苦笑いした。



「どうやら苦労しているみたいだな」



 アニスは、そうなの、という風に「にゃーん」と鳴きながら、右前足をぴんと上げた。

「はい」の合図だ。


 彼女の前足を見て、ハロルドがふっと笑った。

「便利になったな」とつぶやく。


 アニスは同意するように「にゃあ」と鳴いた。

「はい」と「いいえ」が伝えられるようになっただけでも随分違う。


 ハロルドは、アニスに近づいてくると、「触ってもいいか」と断ってから手を伸ばした。

 頭を撫でながら、「君が苦労するなんて、相当難しい暗号なんだな」とつぶやく。


 そして、ふっと口角を上げると、空気を変えるように言った。



「今日は、いつもと違う食堂に行ってみないか? 聞くところによると、メニューにチョコレートパフェがあるらしいぞ」

「にゃ!」



 アニスはピッと右前足を上げた。

 疲れている自分を元気付けようとしてくれることを嬉しく思う。


 ハロルドは、アニスをそっと持ち上げると肩に乗せた。

 部屋を出ると、外に出て中庭を歩き始める。


 夕日に照らされる中庭をながめながら、ハロルドが口を開いた。



「今日訓練場に行ったら、端にある大きな百日紅の木に花が咲き始めていた。今年は花が早いそうだ」



 にゃあ、と相槌を打ちながら、アニスはそっとハロルドの端正な横顔を見た。


 猫がアニスだと分かってから、ハロルドはこういう話をするようになった。

 今日あったことや、アニスが面白く思いそうなことなどを話してくれる。


 前よりもずっと優しくなり、専用のソファやクッションを用意してくれたり、おみやげにチョコレートなどを買ってきてくれたりするようになった。



(なんだか、すごく居心地がいいわ)



 戻った後のことを考えて憂鬱になっているせいか、

 このまま元に戻らない方が幸せなんじゃないかとも思ってしまう。



(……まあ、そういう訳にいかないけどね)



 そんなことを考えながら、「にゃあ」と鳴くアニスを、ハロルドが優しく撫でる。



 その後、2人は薄っすらと見える月の下、少し離れた食堂へと歩いて行った。





第3章スタートです!


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