12.満月の夜③
ハロルドは、地図を指差しながら質問を始めた。
崩落が起きて閉じ込められた時の状況や、隠し部屋の大きさや石碑の状態などについて、詳細に聞いていく。
それらに答えながら、アニスは首をかしげた。
ハロルドの態度があまりにも普通だ。
協力的だし、穏やかだ。全然怒っているように見えない。
(どうして……?)
そして、ハロルドの質問が終わると、アニスはおずおずと尋ねた。
「あの、……怒らないの?」
ハロルドがからかうような目でアニスを見た。
「怒られたいのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
慌てて否定するアニスを、ハロルドが面白そうな目で見た。
視線を地図に戻す。
「では、月が出ているうちに、これからについて話し合おう。次に人間に戻れるのは1カ月後になる可能性もあるしな」
「そうね」
そう言いながら、アニスはハロルドを見た。
彼が何を考えているかはよく分からないが、ちゃんと言わなければならないことがある。
彼女は、きちんと座り直すと深々と頭を下げた。
「ありがとう、ハロルド。感謝してます」
ハロルドが、表情を隠すように顔を軽く背けながら「ああ」と短くうなずいた。
*
その後、2人はこれからについて話し合った。
今まで考えていたことや、お互いに持っている情報を共有する。
「崩落事故について話したいんだが、いいか?」
「ええ、もちろんよ」
アニスがコクリとすると、ハロルドが重々しく言った。
「……私は、今回の事故は、おかしなところが多すぎるように思っている」
「わたしも同意見よ」
アニスはうなずいた。
崩落が起きるタイミングも、探している場所が検討違いなのも、途中で目印が消されていたことも、全てがおかしいと感じる。
「わたしが思うに、実行犯は、最後にわたしと一緒にいた魔導士だと思うわ。あと、この件には――」
彼女はため息まじりに言った。
「多分だけど……、フェリクス殿下が関係していると思う」
フェリクスが前に「元宝物庫の壁が魔法を吸収する」と言っていたが、
これは間違いなくアニスと犯人くらいしか知らない情報だ。
犯人ではないにしても、間違いなく関係者だ。
「……そうだな。私も同意見だ」
ハロルドが、低い声で同意する。
「猫になったのは殿下たちが関係していると思うか?」
アニスは首を横に振った。
「関係していないと思うわ。これは多分だけど、迷宮に残っていた古代魔法が発動したんだと思う」
こんな自分にさえ解けない行動な古代魔法を操れる人間がいるとは思えない。
恐らく、これは別の何かだろう。
そして、彼女は、ふと思い出したように言った。
「今のうちに頼みたいことがあるんだけど、いいかしら」
「なんだ?」
アニスが思案した。
「わたし、自分の執務室に行っておきたいと思っているの。仕事がどうなっているかとか様子を見たいし、両親から手紙が来てれば読みたいと思って。多分色々頼まれているだろうし」
ハロルドがやや複雑な表情を浮かべた。
「……君は今行方不明中だ。こんな時まで他人のことを気にする必要はない気がするが」
アニスは苦笑いした。
「そうなんだけど、ちゃんと見ておきたいと、と思って」
「分かった、機会を作ろう」
そんな話をしているうちに、生暖かい風が吹き始めた。
やや空が暗くなってくる。
そして、
ボンッ!
アニスの体が猫に戻った。
空を見上げると、分厚い雲が空を覆い始めていた。
小さな雨粒がポツポツと降ってくる。
(どうやらここまでっぽいわね)
ハロルドも同じことを思ったのか、「今日は戻るか」とつぶやく。
そして、地図をしまって立ち上がると、少し困ったようにで猫を見た。
少し考えるような顔をすると、膝をついてアニスの目を見た。
「さわってもいいか?」
アニスは思わず噴き出した。
今まで通りにいいのに、と思いながら、ハロルドの手を伝って肩に乗る。
ハロルドはホッとしたように立ち上がった。
「これは慣れるのに時間がかかりそうだな」とつぶやく。
そして、アニスが濡れないようにと上からマントを羽織り、森の出口に向かって足早に歩いて行った。