10.満月の夜①
翌朝の昼前、アニスは宿屋で目を覚ました。
宿は貴族も泊まることを前提とした上等な宿で、広々とした部屋に、ふわふわのベッド、重厚な家具が並んでいる。
アニスは、隣で眠るハロルドを見た。
疲れた顔をしており、まるで死んだように眠っている。
壁に掛けられた時計を見上げると、もうすぐ昼になろうとしていた。
いつもなら、起き出して観光に出掛けるところなのだが……
(もう少し寝てもらおう)
アニスは小さな声で「にゃーん」と詠唱すると、ベッドの周囲に防音結界を張った。
静かにベッドから降りると、窓枠に飛び移る。
外は雨が降っており、濡れた石畳の上を、雨具を着た人々が忙しそうに行き交っている。
それらをながめながら、アニスはため息をついた。
(どうしよう……)
宝物庫前の岩石を全てどかすのは容易ではない。
しかも、宝物庫内にもたくさんの岩石があるから、あと3日で何とかしよう思ったら、相当な無理をする必要があるだろう。
魔力を過度に使えば、体に大きな負担がかかる。
このままでは、ハロルドの体が深刻なダメージを負ってしまいかねない。
(何とかしないと)
何とかして、自分がアニスと伝えたいと思うが、ここ1カ月で散々やって伝わらなかったことを考えると、難しいだろうなと思う。
魔法を使えないかと考えるが、魔法を吸収する岩石の性質を考えると、それも難しい。
(別に入り口とかないのかな……)
そして、うんうんと唸ること、しばし。
彼女は、ふと思い出した。
そういえば、あの小部屋の空気、迷宮の最奥にも関わらず、妙に澄んでいたわよね、と。
パラパラと小石が落ちて来た時に、種類が違う小石が混じっていたような気もする。
(もしかして、小さな通気口みたいなものがある……?)
気のせいだったかもしれないとも思うが、今のこの状況だ。
探してみる価値はある気がする。
アニスは、ハロルドの鞄から地図を引っ張り出した。
小部屋の真上に通気口があると仮定して、それは森のどのへんになるだろうと思案に暮れる。
――そして、夕方。
夕闇の中を、ハロルドが馬を走らせていた。
今日は満月のはずなのだが、終日あいにくの雨で、雨は止んだものの空は雲に覆われている。
2人は、いつものように森を抜け、古代迷宮の入口に辿り着いた。
ハロルドが馬を降りて、いつも通り水を置いたり、魔物除けの魔道具を仕掛けたりする。
(今だわ!)
アニスはハロルドの肩から飛び降りた。
たたたた、と森の中へと入って行く。
「待て、どこに行く」
ハロルドが、慌てて追いかけてきた。
アニスは彼を振り返ると、「にゃーん」と鳴いて、さらに森の奥に走っていく。
そして、しばらく行ったところで、
「にゃ!」
あっさりハロルドに捕らえられてしまった。
どうやら身体強化を使って本気でアニスを追いかけて来たらしい。
(ちょ、ちょっと早いわよ!)
両手で捕まえられて、アニスはジタバタした。
何とか逃げ出そうと必死でがんばる。
その様子を見て、ハロルドが考えるような顔になった。
地面にそっとアニスを降ろす。
そして、しゃがみ込むと、真面目な顔でアニスを見た。
「……もしかして、行きたいところがあるのか?」
アニスはちょこんと座って、「にゃあ」と鳴いた。
必死に目で、「お願いだから付いてきて!」と訴える。
ハロルドはしばらく考えた後、腰の鞄から地図を取り出した。
2枚のうち、ここ周辺の地図を広げると、「どこだ?」と尋ねる。
アニスは、もう1枚の迷宮の地図を前足で触った。
広げてもらうと、元宝物庫のあたりと、森のあたりを、交互に尻尾で、たしっ、たしっ、と叩く。
ハロルドは眉をひそめて考え込んだ。
2つの地図をジッと見る。
そして、もしかして、と言う風にアニスを見た。
「宝物庫の天井を突き破れ、と言っているのか?」
「にゃーん」
大体そんな感じ! とアニスが鳴く。
ハロルドは苦笑した。
「悪くない考えだとは思うが、迷宮はかなり深くにあるから難しいと思うぞ。できたとしても、新たな崩落が起きる可能性もある」
アニスは必死に、にゃあにゃあ、と鳴いた。
そうじゃなくて、通気口があるのよ! と必死に訴える。
アニスの懸命な訴えに、ハロルドは思わずといった風に口角を上げた。
手を伸ばして彼女の頭を優しくなでる。
「分かった。行ってみよう。お前は勘がいいから、何かあるかもしれない」
彼らは一度迷宮入口に戻ると、改めて地図を見た。
宝物庫の真上の方角を定め、森の中を進んでいく。
アニスはホッと胸を撫でおろした。
話の分かる人で良かった、と思う。
やがて、2人は開けた空き地に出た。
建物の残骸のようなものがあちこちに散らばっており、真ん中に大きな岩石のようなものが鎮座している。
「このへんだな」
アニスはハロルドの肩から飛び降りた。
あちこち歩き回り、中央の岩石の上にぴょんと飛び乗る。
そして、その隙間をのぞきこむと、そこに小さな穴がぽっかりと開いているのが見えた。
試しに魔力を少し出してみると、すうっと吸い込まれていく。
(ここだわ!)
アニスは小躍りした。
この魔力を吸われる感じ、この下にあの石碑があるに違いない。
アニスは興奮しながら、ハロルドに向かって「にゃあ!」と叫んだ。
建物の残骸を調べていたハロルドが顔を上げた。
「どうした」と言いながら、歩いてきて、穴を見て目を見開いた。
「これは……、もしかして、下につながっているのか?」
「にゃあ」
アニスは得意げに鳴いた。
これでハロルドが無理をしなくて済むわね! と思う。
(わたしも石碑が調べられるし、これで解決だわ!)
――と、そのとき。
ふっと、雲間が割れた。
満月が顔を出し、銀色の光が空き地を照らし出す。
その瞬間。
アニスの体に、熱いものが駆け抜けた。
ボンッ!
何かが爆発するような音がした。
(えっ!? な、なに!?)
アニスは、思わず頭を抱えて目をつぶった。
何が起きたかさっぱり分からない。
そして、恐る恐る目を開けると、そこには見たこともないほど驚いた顔をしたハロルドがいた。
信じられないものを見るような目でアニスを見る。
そして、くるりと後ろを向くと、マントを脱いで後ろ手で差し出した。
「とりあえず、着てくれ」
(……え?)
アニスはゆっくり自分の手を見た。
それが人間の手であることを認め、目を見開く。
そして、視線を落として、自分が裸だということに気が付き、彼女は思わず叫んだ。
「きゃああああああああああ!!」
近くの森で、バサバサッ、という夜の鳥が空に飛び立つ音がした。
本日はここまでになります。
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ちなみに、ここでお話は丁度半分。明日から折り返しになります。




