(Another Side)ハロルド・ウィンツァー②
まだ暗いうちに王宮に戻ったハロルドは、当直医の元に駆け込んだ。
猫を診せると、「これは寝ているだけですね」と言われて拍子抜けする。
「この猫、こちらで見ますか?」
そう尋ねられるが、猫の寝顔が何となくアニスに似ていて放ってはおけず、部屋に連れ帰ることにする。
起きた猫は、ハロルドを見て驚いた顔をした。
撫でようとすると、さっと避けるなど、なかなかなつかない。
(なんだか彼女に似ているな)
呼び名がないと不便かと思い、彼女の好物にちなんで、「モカ」と名付ける。
そこから、ハロルドはアニスの従魔モカと共同生活を送るようになった。
モカは非常に賢く、ハロルドの言うことをほとんど理解しているようだった。
チョコレートや果物が好きで、撫でようとするとツンと逃げる。
(何だか彼女のようだ)
従魔は飼い主に似るものなのだろう、と面白く思う。
しかし、一緒にいるうちに、彼は疑問を持つようになった。
(いくら従魔とはいえ、ちょっと似すぎじゃないか?)
食べ物の趣向に加え、表情や態度、物事に対する反応など。
あまりにもアニスに似すぎている。
極めつけが、魔法だ。
アニスしか使えないとされる高等魔法「氷矢連射」を、モカが軽々とやってのけたのだ。
しかも、魔獣に対する間合いや攻撃方法など、まるでアニスそのものだ。
一瞬、モカは、実はアニスが猫になった姿なのではないかと思うが、
ハロルドは苦笑した。人が猫になるなどあり得ない。
(無事でいて欲しいからって、そんなことを考えるなんて、どうかしている)
一方で、王宮内の空気は、どんどん不穏になった。
アニスがフェリクスに婚約解消を申し出た、という噂が飛び交い始めたのだ。
その噂は日を追うごとに悪化し、遂には、アニスはとんでもない女だと言う噂まで飛び交う事態となった。
ハロルドは、憤慨した。
そんなことはありえないと、裏から手を回して噂を鎮静化させたが、それも限界がある。
(早く見つかってくれ)
そう願いつつ、捜索の報告を聞く。
しかし、捜査はどんどんおかしな方向に進んでいく。
捜索隊が、ずっと入り口付近を探しているというのだ。
アニスと最後一緒にいた魔法士が、「アニスを最後に見たのは入り口付近だった」と証言したらしい。
――違う。
ハロルドは強く思った。
返事をするように聞こえたあの魔力の音は、確かに奥の方からだった。
間違いない。
彼は、捜索の主導権を握っているフェリクス王子や魔法士団に、捜索応援を申し出た。
自分が加わった方が早いと思ったからだ。
しかし、その申し出はなぜか断られた。
騎士団長を捜索に駆り出すのは申し訳ない、という理由だ。
(人の命がかかっている状態で、なぜそんな悠長なことを言うんだ?)
1つ不審に思うと、次々と気が付くもので、彼は、フェリクスの態度に引っかかり始めた。
かつて、彼はアニスを酷使し、ぞんざいに扱っていたはずだ。
それが今さら「大切な婚約者」だと触れ回っており、それに乗じてアニスの悪い噂を流している。
ハロルドの心の中は疑念でいっぱいになった。
まるで、アニスが助からないと決まっているようだ。
何か、アニスに良からぬことが起こっているに違いない、と確信する。
彼は決心した。
(……探しに行こう)
彼は、確かにあの時、アニスの返事を聞いた。
どこかに閉じ込められていて、助けを待っている可能性が高い。
アニスは、探索用に1か月分の栄養食を携帯していたという。
1カ月経っていない今ならまだ間に合う。
彼は休暇の申請をした。
渋る上層部に、休みが100日以上溜まっていることを伝え、無理矢理休みをもぎ取る。
そして、密かに旅の準備を進め、今や欠かせない相棒と化したモカに尋ねた。
「一緒に旅行に行かないか、ついでに古代迷宮に寄ろう」
モカは驚いたような顔をした後、「にゃーん」と小さく鳴いた。




