(Another Side)ハロルド・ウィンツァー①
ハロルドは、ウィンツァー公爵家の三男として生まれた。
剣の使い手として名高い父と、優秀な魔法士である母の間に生まれた彼は、剣と魔法の両方の素質に恵まれた子どもだった。
7歳になって魔力を測定を受けた彼は、自分が剣士でも魔法士でもどちらでも成れることを知った。
迷った末、剣士を選ぶ。
魔法もいいが、剣技を学ぶ方が楽しいと思ったからだ。
努力家の性格も手伝い、彼は日々鍛錬を積んだ。
その甲斐あり、10歳の頃には、並みの大人ではかなわないほどになり、「天才」と呼ばれるようになる。
顔も頭も良い上に剣術に長けた彼に、女の子たちは夢中になった。
同年代の男の子たちも、尊敬の眼差しを向けてくる。
普通の子どもなら、調子に乗って天狗になる状況だが、頭の良さも手伝って、彼は非常に冷めていた。
思い通りになりすぎて、何だかつまらないな、と感じる。
しかし、ここで事件が起こった。
12歳になった彼は王立学園に進むことになった。
入学試験は簡単で、もちろんぶっちぎりの1位になるだろうと予想する。
しかし、そんな彼に2点差まで迫った者がいた。
その名は、アニス・レイン。
田舎の男爵令嬢にして、驚異的な魔力量とセンスを持つと噂される少女だ。
初めて彼女を見たとき、ハロルドは直感した。
彼女は強い、と。
そして迎えた中間試験で――ハロルドは、なんとアニスに負けてしまった。
初めての敗北に、呆然とするハロルドの視界の端に、アニスがチラリと映った。
「今度は勝ったわよ」
「ざまあ!」
そう言いたげな得意げな顔だ。
(……っ!)
ハロルドは、生まれて初めて"屈辱"を知った。
あいつにだけは負けたくない。
その日を境に、ハロルドは無言で彼女に張り合い始めた。
人生初めてのライバルである。
定期テストの度に、勝った負けたを繰り返し、悔しがったり嬉しがったりと、充実した日々を送る。
高等部に入ると、ハロルドは騎士科、アニスは魔法科に進んだ。
年に何度か行われる、魔法科vs騎士科の模擬戦で、2人は何度も対決した。
アニスに負けたくなくて、ハロルドは必死に努力した。
剣の腕を磨き、身体強化魔法を極める。
そんな風に過ごしているうちに、彼の中にアニスに対する不思議な感情が芽生え始めた。
にくたらしさと同時に、愛おしさを感じるようになる。
その感情を持て余した彼は、彼女をからかうようになった。
すれ違う度に嫌味の応酬をして、彼女が怒るのを見て、どこか嬉しいと感じてしまう。
彼女に自分の気持ちを伝えたいと思わなくもなかったが、彼は自らの気持ちを押し殺した。
アニスが、王家の婚約者候補になっているのを知っていたからだ。
そして、案の定。
アニスは卒業と同時に、第3王子のフェリクスと婚約した。
この話を聞いて、ハロルドは思わず胸を押さえた。
分かっていたはずなのに、胸が痛む。
(忘れないとな)
そう思って騎士の業務に没頭する。
しかし、そのうち彼は良からぬ噂を耳にするようになる。
アニスが、フェリクスがやるべき論文を全てやらされているというのだ。
しかも、フェリクスはアニスを邪険にしており、婚約者ではなくまるで使用人として扱っているらしい。
ハロルドは腹が立った。
彼女はそんな風に扱われて良い人間ではない、と思うが、自分は部外者で、口を挟むような立場にない。
会うたびに疲弊しているアニスを見て、やるせない気持ちを覚えるものの、
表面上は何も変わらず、変わらぬ距離で見守るしかない日々。
そんな折、アニスが"古代迷宮の調査"に向かうことを知った。
子供たちの行方不明事件の捜索だという。
迷宮跡の地図がなくて困っていると聞き、ハロルドは屋敷にいる迷宮好きの魔道具師に問い合わせた。
地図があると聞き、それを取り寄せる。
少しでも役に立てば、と思ったからだ。
――しかし、事態は急展開する。
迷宮崩落の報が、王宮に届いたのだ。
しかも、中を探索していたアニスが巻き込まれたという。
ハロルドは、迷わず馬に飛び乗った。
部下に、明日の護衛任務までに帰ると伝えると、馬を飛ばして迷宮へ向かう。
そして薄闇の中、迷宮の入り口に到着すると、騎士や魔法士たちが青い顔で立ち往生していた。
どうやら中で断続的な崩落が発生しており、入れる状態ではないらしい。
ハロルドは、制止の声を振り切って、迷宮の中に入った。
崩れた瓦礫が積み上がる中、魔力を剣に纏わせ、一太刀ごとに道を切り開いて進んでいく。
「アニスー! アニスー!」
そう叫ぶが、返事らしきものはない。
そして、かなり奥へと進んできたなと考えていた、そのとき。
ドンッドンッドンッ!
すぐ近くで魔法を壁に打ち付けるような音が聞こえてきた。
「アニスか!? 待っていろ!」
石でふさがれた部屋のような場所に入ると、小さな扉があった。
その扉に入り、更に狭い道を進むと、そこには不思議な空間が広がっていた。
光る苔に覆われた静かな場所で、中心には小さな石碑が立っている。
そしてその足元には――
「……アニス……?」
それは、アニスがいつも身につけていたマントと、靴だった。
無造作に床に落ちている。
彼は震える手で地面に落ちていたものを拾い上げ――
「……?」
マントの下に何かがいることに気が付いた。
「猫……?」
それは小さな黒猫だった。
目を固くつぶっており、首には、アニスがしている腕輪と同じものがはめられている。
「もしかして、従魔か?」
一緒にいるところは見たことはないが、最近手に入れたのかもしれない。
ハロルドはそっと猫を抱き上げた。
小さな体は温かいが、微かに震えており、なでても全く起きない。
(もしかすると、怪我でもしているのかもしれない)
時計を見ると、すでに深夜を回っていた。
翌日のことを思えば、そろそろ帰らねばならない。
この従魔についても心配だ。
(戻ろう)
彼は、猫を自らのマントに包んで抱えると、崩落の中を引き返した。
時々剣を振るい、道順を示すための目印をつけておく。
入り口に戻ると、待っていた魔法士と騎士が駆け寄ってきた。
「どうでした!?」
ハロルドは持って来たアニスのマントと靴を差し出すと、簡単に状況を報告した。
アニスの従魔らしき猫を見つけ、怪我をしているらしいので連れ帰る、といったことも合わせて話す。
そして、何かあったら連絡するようにと言うと、猫を抱えて馬に飛び乗った。
(続く)
おはようございます!
本日もサクサク投稿して行きたいと思います ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-




