06.カトリーナとハロルド
フェリクス殿下がにこやかに言った。
「彼女はカトリーナ・ラウゼン侯爵令嬢だよ。今は、私の身の回りの世話をしてもらっている」
カトリーナは、愛らしい笑顔を浮かべながら、スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。
「カトリーナ・ラウゼンです。どうぞお見知りおきを」
その言葉と共に、ちらりと上目遣いでハロルドを見上げる。
その控えめに見せかけた、あからさまな色気を含んだ視線に、アニスは思わず身震いした。
(この子、激ヤバじゃない?)
ハロルドが胸に手を当てた。
「ハロルド・ウィンツァーです」
丁寧だが、必要以上に愛想を振りまく気がない、といった感じだ。
フェリクスが、ニコニコしながらカトリーナを見た。
「ウィンツァー騎士団長は、あのアニスと学園時代の同期でね。彼女にライバル視されて大変だったらしいよ」
「まあ、あのアニス様に」
カトリーナが、同情の目でハロルドを見た。
「あんな方にライバル視されるだなんて……、心中お察しいたしますわ」
「……それはどういった意味でしょう」
「そのままの意味ですわ。あの方、魔法は素晴らしいですが、その他が……」
カトリーナが意味深に笑う。
アニスは花壇の影から、カトリーナを睨みつけた。
なんでこの人にこんな風に言われなきゃいけないのよ! と憤慨する。
しかし、次に聞こえてきた怒りを含んだ低い声に、彼女は怒るのも忘れて固まった。
「……ずいぶんと面白いことをおっしゃいますね」
アニスが思わず見上げると、ハロルドが見たこともないような微笑を浮かべていた。
「口さがない者たちが色々と言っておりますが、学生時代のアニス・レインは、正直で勤勉で、誰もが認める優秀な人物でした。魔法士団に入ってからも、才能に胡坐をかかずに努力を続け、最年少で副団長に任命されました」
ですから、と彼はカトリーナを冷たい目で見た。
「そんな努力してきた彼女に対して、彼女をよく知りもしない貴女が軽率な言葉で貶めるのは、実に不快です」
きっぱりと言い切るハロルドに、カトリーナの顔が真っ赤になった。
「あ、あの、そんなつもりでは……!」
慌てて言い訳しようとする。
そこに、フェリクスが笑顔で割って入った。
「まあまあ。彼女も悪気があったわけではないから許して欲しい」
「……失礼しました。魔法士としての使命を果たそうとして事故に遭った優秀な同級生を悪く言われたように感じ、思わず強く言ってしまいました」
ハロルドが固い顔で礼をする。
フェリクスは、何事もなかったかのように、踵を返した。
顔面蒼白のカトリーナに、軽く手を振ると、ハロルドに「行こう」と言って王宮に向かって歩き出す。
ハロルドは固い顔で、真っ青なカトリーナに礼をすると、フェリクスの後を追った。
距離を空けて無言で付いていく。
その後ろを密かに追いながら、アニスは驚いていた。
(……ハロルドが怒るの、初めて見た)
怒ったのもびっくりしたが、まさかこんな風に自分をかばってくれるとは思わなかった。
カトリーナに暗に侮辱されて物凄く腹が立ったが、今ので全部吹き飛んでしまった。
その後、フェリクスと別れたハロルドは、
「行こう」
とアニスを肩に乗せると、口数少なく騎士団本部へと歩いていった。