04.夜の図書館、春の庭園
時は流れ、アニスが猫になってから、約3週間後の夜中。
ハロルドの部屋のソファの上で寝ていたアニスが、ぱちりと目を開けた。
部屋はとても静かで、夜風がカーテンを静かに揺らしている。
彼女は音を立てないように床に降り立った。
ベッドに歩み寄り、ハロルドがぐっすり眠っていることを確認する。
そして、少し開いている窓から身軽に芝生の上に飛び降りると、中庭を音もなく走り始めた。
庭はシンと静まり返っており、半月が静かに木々を照らしている。
――そして、走ること10分。
アニスは大きな白い建物の前に到着した。
ひょい、と軽く跳ねると、小さな通気口をつたって中に入る。
中は、本の匂いが漂う薄暗い書庫で、物音一つせず静まり返っている。
(まずは昨日の続きを調べよう)
アニスは、本棚の間を歩き始めた。
目当ての本棚の前に辿り着くと、小さく「にゃん」と詠唱する。
一冊の本が、ふわりと浮かんだ。
アニスの目の前に着地する。
彼女は、慣れたように爪を使ってパラパラと本をめくり始めた。
昨日の続きを見つけると、熱心に読み始める。
(今日こそは何か手掛かりが見つかればいいけど)
*
約3週間前。
キマイラとの戦いを経て、アニスはハロルドの信頼を得ることに成功した。
どうやら役に立つ従魔だと思ってもらえたようで、重要な会議など以外は行動を共にするようになる。
(これで色々な人に会えば、きっと誰か私がアニスだと気が付いてくれる!)
しかし、事はそんなに簡単にはいかなかった。
魔法士や魔法研究家も含め、たくさんの人に会うことはできたものの、誰1人、アニスが実は人間だと気付く者はいなかった。
(うーん、困った……)
猫になってからもうだいぶ経っている。
みんなを心配させているのはもちろん、仕事は確実に滞っているだろうし、親に仕送りもできていない。
何か良い手はないかと必死に考えていたとき、ハロルドが調べ物で図書館を訪れた。
それに同行したアニスは、思いついた。
(そうよ! 自分で何か方法がないか調べればいいんだわ!)
そんな訳で、彼女は夜に部屋を抜け出して図書館で調べ物をするようになった。
昼間は昼寝をし、夜になったら図書館に通う。
そして、先日。
彼女はついに手掛かりになりそうなものを見つけた。
それは、古代魔法の中に、人を動物に変化させる呪いが存在した、という記載だ。
(たぶん、これよね)
恐らく、隠し部屋か宝物庫かどちらかに、そういった呪いが仕掛けられていたのだろう。
(きっとそうだわ)
もしも、これが呪いだとすれば、解呪の方法があるはずだ。
(解呪方法を見つけよう)
という訳で、アニスは図書館に隣接する禁書庫に忍び込み、夜な夜な古代魔法の本を調べている、という次第だ。
*
天窓から月明かりが差し込む暗い書庫内で、彼女は本をパラパラとめくった。
関係ありそうなところを探して、熱心に読んでいく。
メモを取りたいところだが、そんなことはできないため、大切そうなところは何度も読んで、頭の中に叩き込む。
そして、本に熱中すること、しばし。
ふと顔を上げると、書庫内がぼんやりと明るくなっていた。
見上げると、天窓の外が白み始めているのが見える。
(もうそんな時間なのね)
アニスは、本を元に戻すと、書庫を抜け出して外に出た。
朝靄の中、元のルートを逆戻りし、ハロルドの住む寮へと戻る。
窓から部屋の中をそっとうかがうと、ハロルドが眠っているのが見えた。
彼女はそっと部屋の中に入ると、何食わぬ顔でクッションに寝そべった。
少し寝ようと、ゆっくりと目をつぶり、意識を手放す。
――そして、約2時間後。
「そろそろ朝だぞ」
頭を撫でられて目を開けると、そばには身支度を整えたハロルドが立っていた。
テーブルの上には、すでに朝食が並べられている。
アニスはぼんやりと座り直した。
頭がボーッとする。
「ずいぶんと眠そうだな」
ハロルドが苦笑する。
ちなみに、突然始まったハロルドとの同居生活は、案外うまくいっていた。
彼は動物には非常に優しいタイプらしく、アニスの面倒をよく見てくれた。
夜中にいなくなっていることにも気が付いているようだが、敢えて放っておいてくれている。
たまにジッと見られている気もするが、それ以外は非常に良い同居人だ。
(猫になったのは災難だったけど、ハロルドに拾ってもらったことは不幸中の幸いだった気がする)
そして、食事が終わると、ハロルドが出掛ける準備を始めた。
ジャケットを羽織ると、アニスを呼んで肩に乗せる。
「行こう」
アニスは、ハロルドの肩に乗って、寮の外に出た。
外はやや雲が多いものの晴れており、春らしい柔らかい風が吹いている。
中庭のあちこちに春の花が咲いており、人の目を楽しませている。
(この中庭って、こんなに綺麗に花が咲くのね)
アニスは目を細めた。
5年も王宮で働いていたのに、全然気が付かなかったわ、と思う。
(わたし、きっと忙し過ぎたのね……)
春の花にも気が付かないほど忙しいなんて、あんまり良くないわね、と思う。
黙って歩いていたハロルドが、口を開いた。
「少し遠回りになるが、庭園を通っていこう」
どうやらこの季節になると、庭園を通って出勤するらしい。
ハロルドは、いつもの道から外れて歩き始めた。
色とりどりの春の花が咲き乱れる花壇の間を通り抜け、
ピンク色の花を咲かせた大きな木が並ぶ庭園に到着する。
(すごい! きれい!)
アニスは、ハロルドの肩からポンと飛び降りた。
ピンクの花を咲かせる大木を見上げ、この木、学園の庭にもたくさんあったわね、と思い出す。
ハロルドは、どこか遠い目で木々をながめた。
「懐かしいな」とつぶやくと、目を細める。
――と、そのとき。
(あら?)
急に日が陰り始めた。
空が暗くなると同時に、風も急に強くなる。
アニスは空を見上げた。
(これは、もしかすると雨が降るかもしれないわね)
ハロルドも同じことを思ったのか、アニスに「行こう」と声を掛ける。
そして、彼がアニスを抱きかかえようと、手を伸ばした、その瞬間。
「……やあ、久し振りだね」
突然、後ろから若い男の声がした。
アニスに手を伸ばしかけていたハロルドが、振り返る。
そして、その手をすっと胸に当てると、男の方に深々とお辞儀をした。
「お久し振りです、殿下」
(え? 殿下?)
不思議に思って、声の方向を見上げて――
「……っ!!」
彼女は思わず目を見開いた。
そこにいたのは、美しい顔に傲慢な笑みをたたえた、婚約者のフェリクス王子だった。
(か、隠れよう!)
やや動揺しながら、アニスはとっさに花壇の陰に隠れた。
なぜだか分からないが、見つかってはいけない気がしたからだ。
そんなアニスに気付く様子もなく、フェリクスが歩いてきた。
ハロルドの向かいに立つと、にっこりと笑う。
「君に話したいことがあるんだが、少しいいかな?」
おはようございます(*'▽')
今日もサクサク投稿していきます